7-68 速過ぎる足音
世暦1914年11月17日
計8千の戦力を持って、奪取したルミエール・オキュレ基地にて防衛態勢を敷き始める帝国軍。司令官はその場の最高位としてマインツ准将がそのまま指揮を執り、現在、准将を始めとした佐官以上の士官が集められ、会議が開かれていた。
「我々は無事、ルミエール・オキュレ基地を奪取した訳だが……問題なのは基地を維持しなければならないと言う一点に尽きる。近々、敵は奪還に動くだろう。その前に防衛設備の設置を入念にする必要があるが、各部隊、それが最低限の仕事でしかない事は心せよ‼︎」
攻撃による崩壊を免れた基地施設の中で、周辺地図が乗った机を囲んだ士官達に対し、マインツ准将は緊張感を持たせるよう念入りに言及した。
「では、本題に入るが……近々、奪還に動くであろう敵に対し、防衛設備を整えたとしても、おそらく心許ない物となるのは分かっている。我々が基地設備を壊してしまったのが大きいのだがな」
皮肉を述べ、肩をすくめるマインツ准将に、無駄な緊張が解け、士官達は笑いを零す。
「此処で問題なのが、どうやって、この心許無さを埋めるか、だが……」
此処で、1人の士官が手を挙げる。
「閣下、これ以上、本隊からの増援は無いのですか?」
そう発言したのは第2陣を率いたフーベルト・デュースブルク大佐であった。彼は、第11軍団所属の兵士達を率い、一時的にマインツ准将麾下に入っていたのだ。
「敵が基地を奪還しに動くとすれば多数の兵が送られて来るでしょう。その際、この兵数だけでは基地防衛には足りないと具申しますが……」
「すまないが、それは無い。この兵力が全軍であると考えてくれ。余り兵を此方に割き過ぎれば、本隊が壊滅させられる危険があるからな。最悪、制海権は確保している以上、我々は海から逃げられる。敵艦隊復活まで2、3ヶ月は掛かると予想出来る以上、逃げる事は容易い。尤も……」
マインツ准将は両手を机に着けると、口元に不敵な笑みが浮かばせる。
「此処を守り切り、オリヴィエは陥す。逃げる必要は無いだろうがな!」
マインツ准将の決意が伴った発言に、士官達は同じ決意を持って、静かに頷く。
「さて……他に何か意見は?」
手を机から離し、話を再開するマインツ准将。それに1人の別の士官が手を挙げ、周りは騒めき出した。
手を挙げたのが《剣鬼》と恐れられる鬼人の士官、ガンリュウ少佐だったからだ。
「1つ問いたい。閣下は、敵が奪還に動くまで何日の猶予があると御考えでしょうか?」
「そうだな……おそらく、早くて3日だと考えている。1日、2日で動ける様なら、未然に上陸を防ぐため基地に援軍を送っているだろう」
「最低3日……この3日以内に防衛準備を終えろ、という事で宜しいでしょうか?」
「そうだな……出来れば、と言いたいが……必ずで頼む」
マインツ准将の説明に頷き、身を引いたガンリュウ少佐。しかし、先程から質問だけで案が出ず、准将は頭を掻いた。
「他に意見は? なんでも良いから、意見を出してくれると有難い」
そう威圧感の無い柔らかな口調で問いを投げかけたマインツ准将だったが、そこから士官達は口を閉ざしてしまう。
元々、ルミエール・オキュレ基地自体に設置されていた防衛設備が貧弱であり、地理的特徴を見ても明らかに陸戦に対して防衛には不向きであったのだ。これは、西にオリヴィエ要塞がある為ではあるが、これから防衛戦を敷かねばならない帝国軍としては痛い誤算であった。
「何も無いか……」
地理的特徴に乏しく、目立った武器も無い。これから何か策を考えてくれと言われれば、常道の策しか浮かばず、大軍を相手するには弱い物しか生めない。
悩み、唸る士官達。しかし、この中で1人、手を挙げられる者が居た。言わずもがなエルヴィンである。
「フライブルク中佐、何か意見があるのか⁈」
「ええ……まぁ、あるにはありますが……大した事は無いですよ?」
「それでも構わん。無いよりかは良いからな」
エルヴィンは苦笑を浮かべ、頭を掻くと、告げる。
「海軍に協力を仰ぎ、艦砲による援護射撃をして貰うの如何でしょうか?」
「悪くは無いとは思うが……基地越しで敵に届くか?」
「先程、第3艦隊の参謀に聞いてみた所……軍港内に入れば届くだろうとの事です」
「確かに……第3艦隊の砲撃が加わるのは有難いな。射角修正は此方から情報を送れば問題もない。……よし、貴官の案を採用しよう!」
沿岸部の戦いで艦隊から陸への援護射撃は珍しい話ではないが、敵もそれを避けて沿岸部では無く、おそらく海の反対側たる南から基地を攻めるだろう。だからこそ、基地が間にあり援護射撃は出来ないと考えるのだが、艦砲の主砲は曲射弾道。基地を飛び越えさせれば可能なのだが、誰も味方の砲弾とはいえ、頭上を通らせようとは考えもつかない。
柔軟な発想をしてみせたエルヴィンに対し、この時、多くの士官が彼に感嘆を零すのだった。
その後、2時間程続いた会議も、エルヴィンの策から派生し、他の士官も様々な案を出し、いくつか採用され、実りある物として終える事が出来た。
結果から見て、やはり、会議の流れを変えたのはエルヴィンであり、年若い彼が呟いた奇策から、全員が年上としてのプライドに則り、自分達も何かしら言わなければと躍起になって思考を焼き切れるまで動かした結果だと言える。
これにも、ガンリュウ少佐は彼に舌を巻かざるを得なかった。
「つくづく……お前は空気を変えるのが上手いな。あの、「何も策が浮かばなくても仕方がない」、という空気を見事に変えてみせた。本当に……こんなだらしの無い奴の脳から、如何にしてそんな芸当が捻り出せるか理解できん」
「空気を変える、と言っても……私は意見を求められて、それを答えただけだよ。それよりも……そんな堂々とだらし無いとか言わないでくれるかな? 自覚はしてるけど……結構凹むんだよ?」
「だったら威厳ぐらいは保つよう努力しろ。それだけでも違うだろう」
「返す言葉も無い……」
肩を落とすエルヴィン。散々アンナにだらし無いと言われて来たのだが、本人としては面倒臭くて直す気も無い。それ等も自覚しているので、彼としては更に情け無さは増すのだが、それも面倒臭くて直す気は無い。
彼の怠慢に満ちた性格に対し、生死が左右される場で長く共に居れば、聡いガンリュウ少佐なら気付いてしまうので、嘆息が零れてしまい、気持ちを変えるべく、話題を切り替える。
「話は変わるが……お前としては今回の戦い、基地防衛はどう見る?」
「難しいだろうね。予想以上に基地の防衛設備が貧弱だ。塹壕を掘り、艦隊からの援護射撃があっても、守り切れるかどうかと言われれば厳しいだろう。幸い、退路は確保されているから負けても逃げられる。勝つ機会がもう少し先になるだけだ」
「どちらにしろ、準備時間が欲しい所だな」
そう発言した瞬間、突然、ガンリュウ少佐の眉が鋭くしかめられた。
「尤も……相手からすれば、悠長に待ってやる義理は、当然なかった訳だが……」
この時、遠くから、複数の足音が基地内の帝国兵達の鼓膜を揺らし、不安と緊張感に心臓の鼓動と冷や汗の出を促進させる。
基地西方。オリヴィエ要塞より万を超える大軍が、予定よりも遥かに早くルミエール・オキュレ基地奪還へ、その姿を現したのである。




