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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-67 失陥

 サイレンが鳴り響くルミエール・オキュレ基地。監視員の1人が夜闇に紛れて襲来した敵艦隊を発見した事により、共和国兵達は慌てて銃や剣を握り締め、臨戦態勢に入る。



「状況は!」



 隣にドゥエー大佐が現れ、監視塔の兵士は敬礼し、告げる。



「はっ! 北方に敵艦隊の来襲を確認! 艦隊旗から敵第3艦隊と考えられますが……それにしては艦の数が余りにも多いと思われます!」


「だろうな。制海権を()られた以上、可能性としてはあったが、まさか本当に来るとはな……」



 ギリっと歯を鳴らすドゥエー大佐。暗闇で流石に敵艦の数と編成までは分からないが、簡単に予想は出来る。



()()()()()()()()()。艦の多くは間違いなく上陸兵を乗せた揚陸艦だ!」



 ドゥエー大佐の推測通り、眼前に展開する帝国艦隊は上陸兵、合わせて約5千を乗せた揚陸艦群と、それを護衛する第3艦隊であった。


 そして、これだけ見ただけで帝国軍の思惑は簡単に知れる。


 制海権を確保した上で、敵ルミエール・オキュレ基地を奪取し、補給線を破壊。長期戦が出来る余裕を奪うという作戦だろう。



「基地には現在……いや、元々大した兵力は存在しない。北は第2艦隊が、西はオリヴィエ要塞が、南はローラン要塞がある為防衛戦力が要らなかったからだが……これでは…………」



 苦々しく奥歯を噛むドゥエー大佐。基地として海への防衛設備は存在するが、それでも駐留艦隊との連携を前提とした最低限の物しか無く、大した抵抗もおそらく出来ない上、戦艦と共に来た以上、上陸だけでは始まらない。


 各敵艦が艦側面を此方(こちら)に向け、主砲の射角を調整したと同時、砲声を乗せ、数多の砲弾が基地沿岸地区を容赦なく襲い始めたのだ。


 初撃はやはり距離や風の具合を測る意味があり基地に大打撃は与えられなかったが、次射以降は正確に基地の防衛設備を(ことごと)く破壊していった。


 そして、各戦艦が曲線を描く砲弾の下を、揚陸艦から離れた上陸用舟艇群が基地へと迫り、共和国兵達は豆鉄砲程度の抵抗を開始するが、砲が次々と潰されている以上、金属装甲の舟艇をどうにか出来る訳もない。


 呆気ない程、基地周辺の砂浜海岸に接岸出来た舟艇群から、帝国陸軍兵約5千人が西、東から挟む様に基地を強襲。


 それに対しては、上陸用舟艇に対して豆鉄砲であった共和国兵の抵抗も意味ある命を刈り取れる武器となり得、敵上陸部隊に死傷者を続出させた。


 しかし、やはり兵力差はどうしようもなく、僅かな抵抗を排除して、帝国軍が基地へと雪崩れ込む。


 移動し、破壊された管制塔からそれを眺め、敗北を悟ったドゥエー大佐は、嘆息を(こぼ)し、肩を落とした。



「逃げる暇も無いな……」



 そして悲観し、目を閉じ、再び嘆息するドゥエー大佐の鼓膜を、管制塔を駆け上がる足音が揺らし、背後に現れた数人の帝国兵が彼へと銃口を向け、その中から1人の士官が前に出る。



「この基地の司令官と御見受けする!」



 そう告げた士官は、第10軍団所属、今上陸部隊司令官クルト・マインツ准将であり、彼は相手に対し敗北を悟らせるには十分な言葉を突き付ける。



「降伏願います。これ以上の抵抗は無駄に双方の兵を失うだけでしょう」



 マインツ准将の降伏勧告に、ドゥエー大佐は只静かに目を瞑ると、自虐とも取れる冷笑を最後に(こぼ)すのだった。




 その後、ドゥエー大佐の指示の下、抵抗を止め、武器を捨てた共和国兵達。そうして、基地には白旗が挙げられ、掲げられた共和国の国旗は降ろされ、帝国の国旗がルミエール・オキュレ基地にはためく。


 この時を持って、ルミエール・オキュレ基地は帝国軍により失陥した。




 世暦(せいれき)1914年11月16日


 日も変わり、捕らえた捕虜の兵を1箇所に集め、士官の方は基地内に設置されてたいた独房へと入れられた後、上陸部隊の第2陣約3千の兵が到着し、マインツ准将等第1陣と合流した。


 そして、その第2陣にエルヴィン達第11独立遊撃大隊の姿もあった。



(ようや)く着いたね。共和国ルミエール・オキュレ基地。流石にボロボロだけど……」


「これでは真面(まとも)な物資も残ってないだろう。暗号や軍事的な文書は言わずもがな敵自身が焼いているだろうしな。大した得も無いと考えるべきか」



 上陸早々そう(こぼ)したエルヴィンとガンリュウ少佐。しかし、次に彼等は嘆息も(こぼ)す。



「いや、覚悟はしていたけど……まさか、こんなにとは……」


「軟弱極まりないな。これ程度でへばるとは……」



 2人が振り向き、視線に入れた光景。それは、半分以上の部下が、嗚咽に苦しみ、嘔吐を引き起こした姿。多くの者が()()()を起こしていたのである。



「確かに、陸軍は船に不慣れな者が多いから、船酔いを起こすのも仕方ないけどさ……これは酷過ぎないかい?」


「鍛え方が足りんかったか……今度は船酔いにも耐えられるよう訓練プランも考えんとな……」



 その呟きに悪寒で背筋に寒気を走らせた兵士達。彼等は即座に吐き気を抑え、凛々しく立ち振る舞おうとするが、気持ちの持ち様で抑えられる産物でもなく、彼等は耐え切れずまた吐き出す。



「俺は部下達に大分甘く接してしまっていたらしい……もう少し厳しくするべきか?」


「流石に仕方がないよ……船酔いはどうしようもない。船酔いは船に慣れさせない限りは治せないし、だからこそ、海洋国家のジョンブル王国では、陸軍、海軍とは別の特性を持つ陸戦部隊の海兵隊が出来た訳だしね」



 肩をすくめるエルヴィン。事実上、ゲルマン帝国は大陸国家であり、大陸外に存在する植民地を除けば島を保有しておらず、上陸作戦という概念が薄い。その為、前世に於いて上陸作戦に多用された、イギリスやアメリカが有名な"海兵隊"という組織は帝国には存在しておらず、多数の兵士が船酔いで潰れるのを承知で、陸軍による上陸作戦となったのである。



「まぁ、大陸国家に海兵隊は余り必要は無いけど……こんな時に無いと不便だね」


「無い物というのは、その存在を認識し、必要にでもならなければ有り難さは分からんものだ。実際、島を持たない帝国が……いや、島が本国から遠い帝国に、必要かと言えば否だからな。その分の兵力を陸に回すのは悪い案ではない」


「それを無駄に消費していたら意味も無いけどね……」



 エルヴィンの辛辣な言葉を皮切りに、再び苦笑を(こぼ)す2人。



「しかし……意外なのは、お前が船酔いで潰れなかった事だな。軟弱な(なり)して、精神力や忍耐はあるんだな」


「いや、船酔いは普通、精神力や忍耐ではどうにもならないよ。三半規管、身体の構造が関わってる訳だし……それに、嫌な仕事をサボり、逃げてる面で言えば、精神力も忍耐も無いと思うけど……」


「そういえば、そうだな。俺とした事が失念していたな」


「多少は否定してくれても……」


「事実なのだから否定する根拠は無いが?」


「ぐうの音も出ない……」



 肩を落とすエルヴィンに、ガンリュウ少佐は「指摘されるのが嫌なら仕事しろよ」と目を細め、嘆息する。



「実の所、何故、酔わなかったんだ?」


「船に何回か乗った事があるからね。だからだよ」


「単純な理由だったな。面白くもない」


「面白さを狙って言った訳じゃないからね……」



 乾いた笑いを(こぼ)すエルヴィン。しかし、彼等の瞳には油断も隙も無く、他者に気付かれない程度の警戒心は滲み出し続けていた。



「これからが本番だ。君には、また大分働いて貰う事になるけど……頼めるかい?」


「俺だけじゃなく、フュルト大尉やジーゲン大尉にもだろ。いや、部隊全員に過重労働を強いる気か?」


「否定はしない。けど……過労死はさせないさ」


「それは期待させて貰っている。精々いつもの様に上手く使いこなしてくれ、大隊長殿」


「善処するよ」



 そうして、気持ちを戦闘態勢へと切り替えたエルヴィンとガンリュウ少佐。オリヴィエ要塞攻防戦の終幕。それが着々と近付いていたのである。

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