7-64 苦渋の帰投
世暦1914年11月7日
戦意が薄まったのか隙を作り始めた帝国艦隊。それを見計らい、オリヴィエ沖からルミエール・オキュレ基地へと帰投した共和国第2艦隊だったが、基地の現状を目の当たりにした彼等は、唖然と開いた口を閉じる事が出来なかった。
「何て事だ……」
昨夜、敵火龍の攻撃に晒された基地。管制塔は破壊され、滑走路はクレーターだらけ。地面には壊れた戦闘機の鉄屑と、炭化した味方兵士の死体が転がっていた。何より、修繕の為に基地へと残した艦艇が悉く煙を吹き、半身を海水へと沈ませていたのだ。
「酷い有り様だな……」
艦橋からまだ火の手が燻る基地を眺めながら、ポール中将は拳を握り締めた。
「情報参謀……基地から通信は届いているか?」
「はっ! まだ被害情報の整理が出来ていませんが、基地司令官ドゥエー大佐は存命。ですが……ドックに待機していた艦艇の半数が沈められ…………更に悪い知らせがあります」
「何だ?」
「基地に蓄えられていた魔石。それを格納していた倉庫が……その…………」
「何だ? ハッキリと言え」
「"魔石燃料庫が敵火龍の攻撃で大破。魔石のおよそ9割が失われた"、と……」
それを聞き、暫く立ち尽くしたポール中将。次に、彼は静かに吐息を吐き、軍帽を取ると、それを床へと叩き付けた。
「クソがぁああああああああっ‼︎」
現在の軍艦に使用されている燃料は魔石であり、しかもこの時、第2艦隊の各艦艇には3日航行出来るかという程の魔石しか積み込まれていなかった。
つまり、基地に蓄えられていた魔石を失った以上、最早、第2艦隊は本国への撤退しか道が残されてなかったのである。
そして、これこそがエルヴィンの狙いであった。
作戦の概要はこうである。
騎龍を使ってルミエール・オキュレ基地を攻撃させ、その際、敵戦闘機と入港中の艦艇を出来るだけ破壊する。しかし、それ等より優先させたのが"敵魔石燃料庫の破壊"であった。
敵艦隊を誘き出し、艦に残った燃料を消費させつつ、それが消費され尽くしかけた瞬間を狙い、基地に存在する燃料庫を破壊する。そうする事により、敵戦艦は燃料を補給出来ず、航行不能となり、海に浮かぶだけの鉄の塊と成り果てる。
しかし、此処で問題となるのが、如何にしてオリヴィエ要塞と巡回していた共和国飛行隊の目を掻い潜り、基地を攻撃出来たのかという話だが、言ってしまえば簡単な事である。
3種類の内、最も運搬能力に優れ、それに比例して航続距離が長く、高い飛行高度を有する騎龍。"巨龍を使って火龍を運ばせたのだ"。
それでも、月明かりに照らされ、高高度でも空飛ぶ物体は目立ち、発見されてしまうものだが、これにもカラクリがあった。
3種類の騎龍の内、戦闘能力を有しているのは火龍のみ。低高度までしか飛べない火龍のみである。
飛龍は偵察を主任務とするが要塞には対して意味は無く、巨龍に至っては運搬を主任務とする為、未だ爆撃の概念が無い現在、敵地となる東側へ行く意味が無い。
つまり、火龍の飛行高度迄を警戒する必要しかなく、万が一更に高高度を警戒していても、その分の思考はオリヴィエ沖の艦隊戦に向けられてしまい、正確な飛行警戒など出来なかったのである。
それ等が共和国軍作戦本部により推測され、導き出されるのは更に先となるが、結果だけ見たのみでも、共和国兵を憤りと屈辱感、怒りに震えさせるには十分だろう。
特に、唯一の機動力、最大の武器が、鉄の塊になりかねないポール中将達からすれば。
「閣下……」
目前の台に両手を着き、奥歯をギリギリと噛み締めるポール中将に、モンリュソン中佐が心配そうに視線を向ける中、当の中将は静かに怒りを鎮めた。
「中佐……本国迄、何日掛かる?」
「およそ6日、かと……」
「後方参謀……燃料は後何日持つ?」
「おそらく3日かと……」
「情報参謀……基地から残存魔石について何か言っていないか……?」
「現在、破壊されずに済んだ魔石を集めている所ですが……おそらく、2日分も無いと……」
「それは残っている艦艇全てを考慮してか……? 中破以上の艦を見捨てればどうだ?」
「……おそらく……3日分は、確保出来ます…………」
苦々しく、悔し気に唇を噛み締める情報参謀を中心に、モンリュソン中佐等幕僚達は辛く表情を沈め、ポールの中将はそれに只、吐息を零すと、地面に叩き付けた軍帽を拾い、埃を払い、頭に被せる。
「総員……中破以上の艦は放棄。その分の燃料弾薬を含め、補給と積み込みを完了し次第、自沈させ……全艦、本国へ帰投する。全乗務員のこれまでの故国へ献身、奮戦に感謝する……」
ポール中将の言葉は即座に伝声管、発光信号、手旗信号で各艦艇へと告げられ、各艦長、乗組員、兵士全員、敗北感と悲しみを抱き、粛々と命令に従った。
ルミエール・オキュレ基地、戦闘機半数の損失、滑走路の大破、魔石燃料庫大破。これ等をもって、共和国軍は空軍戦力及び、海軍戦力も事実上、沈黙した。




