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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-57 自嘲と高笑い

 司令部にて、兵糧庫を焼かれ、約6割の食料を焼失させられたエッセン大将は、怒りで拳を机に叩き付ける。



「クソッ! やられた‼︎ 敵の攻撃が止み、気が緩んだ瞬間を見事に突かれるとは……」



 苦々しく口を歪めるエッセン大将。これは誰の責任でもなく、おそらく、誰にも予測など出来よう筈も無かった。エルヴィンでさえ、前線に居て、事前に敵総司令官の性格を推測し、敵の行動に不可解さを覚えるという過程を経て、結局間に合わずに思惑を読めたのだ。それ等の情報を手に入れようも無いエッセン大将に予測など出来る筈も無い。



「6割も焼けたとなれば、もって十数日が限界だ……次の補給到着までかなり時間が掛かる。早めて貰ったとしても、先に兵糧が空になるだろうな」



 兵糧が空になれば当然、撤退せねばならないが、それ以前に帰り道での食料消費も考えれば、もっと早く、苦渋の決断が必要だろう。



「たった十数日程度でオリヴィエが()とせる訳がない! これでは……」



 拳を握り締めるエッセン大将。このまま撤退し、負けたとなれば、自分達の左遷は免れず、後釜が無能に挿げ替えられる可能性が高い。そうなれば、多くの部下達を無駄死にさせる事になってしまう。



「エッセン大将……そう焦らずとも、未だ猶予はあります。策を考え、打開出来る可能性はゼロではありません」



 そう告げたのはクレーフェルト大将だったが、彼自身、結局、自分では何も出来ず、人任せになるという自覚はしている。所詮、戯言(ざれごと)ではあるのだが、エッセン大将の冷静さを戻すには十分だった。



「そうだな……まだ負けた訳ではない。窮地に立たされただけだ。窮地程度で音を上げては、奮戦した兵士達に、散って行った兵士達に申し訳が立たんな!」



 そう自分を激したエッセン大将。しかし、敗北寸前である事は変わりない。



「後方参謀、兵糧は後何日持つ?」


「そうですね……およそ15日、ですが……帰りにも消費する事を考えますと、10日ですね」


「それは、途中の基地で補給を済ませて……いや、聞くまでもないな……」


「それを考慮しての10日です。一応、帰り分の補給は爪痕(クラッツシュピューア)峡谷(・シュルフト)以降は確保しておりますので、問題なのは峡谷までの補給です」


「なら、その補給基地から補給を運べば!」


「足りません。1番近い基地の物を全部持って行った所で、1日分しかありません」


「雀の涙だな……意味が無い。因みに、次の補給はいつ来る予定だった?」


「25日後でした……」


「到底無理だな。2、3日は大丈夫だろうが……4日以降は飢餓と疲労で大勢人死にが出る。もし、そうなったなら笑えん」



 苦々しく奥歯を噛み締めるエッセン大将。歴史上を見ても、補給戦をやられ、餓死が兵士の死因第1などという戦いはザラにある。最も身近で有名な例で言えば太平洋戦争の日本軍だろう。



「餓死での死など最も悲惨だ。戦って死なせてやりたい、などという馬鹿馬鹿しい考えまで浮かばせるからな。同じ死である事に変わりはないのだが……」



 自嘲混じりの嘆息を(こぼ)すエッセン大将。もともと不可能なオリヴィエ要塞攻略が、夢物語にまで変異したのだ。嘲笑わずにはいられなかった。



「今頃、敵総司令官殿は、盛大に高笑いしている頃だろうな……」



 皮肉気に口走った予測。それは見事に、無意味ながらも的中していた。



「あははははははは! よしっ! やった! やったぞ! これで俺の功績が獲得出来た‼︎」



 オリヴィエ要塞司令室にて、ペサック大将は拳を振り上げ、喜び、歓喜と共に立ち上がり、高笑いを響かせる。



「これで敵が戦わず撤退しても、俺が撤退させた事になるだろう! これで憂いは絶った‼︎ もう心配するものは無い‼︎」



 此方(こちら)から敵本陣を攻撃し、敵を撤退に至らしめた。一見、優れた戦功に見えるが、要塞な引き篭もり、無理して戦わずとも勝てた戦いで、ワザワザ攻めて無駄な犠牲を払ってしまったと考えれば、どちらかと言えば悪手である。


 しかし、外聞を気にした場合、どちらによる勝利が良いかと言えば、前者だろう。前者の方が華麗であり、鮮やかであり、宣伝材料としては良い。


 だからこそ、共和国市民へのプロパガンダとなり得、国民には喜ばれ、政治家には歓迎され、軍需産業からは絶賛され、当の司令官の名声も上がるのだ。死んだ兵士達など御構い無しに。


 何とも馬鹿馬鹿しく愚かな話だが、これが戦争という産物の現実だと言える。



「この戦いが俺の判断によって勝つ事となれば、あの下賎な鉱人(ドワーフ)よりも名声は上となる! しかも、戦勝によって大統領閣下の名声も上がり、閣下からの俺への覚えも良くなるだろう! 全ては貴官のお陰だ、マシー少佐!」


「いえいえ、とんでもない! 全ては小官の策を採用して下さった閣下の御英断の賜物です!」


「あははは! そうか! 貴官が言うなら間違いないな! あはははははは!」



 再び高笑いするペサック大将。しかし、その横でマシー少佐は鋭く目を細め、別の思考を始める。


 今回、敵兵糧庫を破壊する作戦を立案したのは俺ではない。メイジュー准将の話によれば、前線指揮の1人、トゥール少佐から聞いたものだと言う話だ。更に、そのトゥール少佐も誰かから策を授かったと言う。


 もし、そうだとして策を授けた者は誰なのか。この戦いの真の功労者は誰なのか。


 其奴(そいつ)の有能さが、俺の出世を邪魔しなければ良いがな……。


 有能な者が近くに居れば、自分の功績が下がってしまう。そう考えたマシー少佐は、その有能な者をどう遠ざけ、もしくは潰すか、少し頭を巡らせるのだった。

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