7-56 猫人の狙撃兵
帝国本陣から脱出した潜入者達。その中には、マリエルとジョエルの姿もあった。
「いや〜っ、ヒヤヒヤしたぜ! やっぱ、敵中に居るのは心臓に悪い! いつバレるかと神経張り巡らせなきゃいけねぇからな!」
ジョエルは帝国軍の軍帽を団扇代わりに汗が張り付く顔を扇ぐと、背を預けていた木の背後で、誰にも見られない様に帝国軍から共和国軍の軍服へと着替えるマリエルへと横顔を向ける。
「なぁ! 聞いてるか?」
「私は今着替え中。話掛けられても困る」
「口が塞がれているでもあるまいし、返事ぐらい出来るだろう! 他の仲間がお前の着替えを覗かぬ様、監視してやってる俺に、会話をしてあげようという御礼ぐらいはして欲しいもんだ」
ふて腐るジョエルを他所に、黙々と敵国の軍服を脱ぐマリエル。近くには異性の仲間がゴロゴロ居る中で、普通なら羞恥にかられる筈の下着姿になる訳だが、彼女に気にする様子もなく、ジョエルは「こいつ本当に女か?」と疑問符が付いてしまう。
「お前さ……何でワザワザこんな所で着替えんだよ。本陣に帰ってからで良いだろうが。下手したら男に見られるぜ?」
「貴方が監視してくれてるから大丈夫」
何食わぬ返事をしながら、シャツを身に纏い、マリエルはそのボタンを止める。
「信用してくれんのはありがてぇが、俺も一応、男なんだが? 俺に見られるとは思わねぇの?」
「大丈夫。その時は、貴方を撃ち殺して、敵に殺された事にするから。それで、私の着替えを覗いた者は居なくなる」
「怖いな!」
「だから覗かないでね?」
「覗かねぇよ! 俺は基本、歳上にしか興味は無いんでね。お前の様なお子様には興味ねぇよ!」
カチャリッ、と背後から音がした瞬間、ジョエルの顔は青ざめる。マリエルがおそらくズボンを履き終え、腰のベルトから拳銃を抜いたからだ。
「私は18。もう子供じゃない」
「悪かった、そうだなお前は大人だな!」
背後からまたカチャリッとまた音がした事で、マリエルが銃を元に戻したと思ったジョエルは、安堵の吐息を零す。
「お前……話す様になったと思った途端に容赦が無くなったな! まぁ、実際に殺される訳じゃなきゃ良いんだけど」
「余りに腹立つ事を言われたら殺しそう」
「それじゃあ怒らせない様、努力しますよ」
やれやれと肩をすくめるジョエル。丁度、マリエルは上着も着終えたらしく、スナイパーライフルを肩に掛け、片手で雑多に先程着ていた帝国の軍服を掴み、現れる。
「終わった。周りを見てくれてありがとう」
「どういたしまして。所で結局、何で本陣に戻る前に着替えちまったのか教えて貰ってねぇんだが?」
「お兄ちゃんを殺した《剣鬼》が嫌い。《剣鬼》が居る帝国軍が嫌い。帝国軍か着ている軍服も嫌い。だから、早く着替えたかった」
「さいでっか……」
帝国を心底嫌うマリエル。おそらく、兄が殺された事が原因だろうが、恨みは相当に深いらしい。
たからこそ、今回、《剣鬼》への狙撃により、自分達の隊長を救えたのは、彼への憂さ晴らしになった様に見える。
「今回も残念だったな。《剣鬼》を狙撃したのに、結局、身体強化に弾かれちまって。でも、大隊長を助けられてた点で言えば、奴に一矢報いれたんじゃねぇか?」
「殺せないと意味が無い。お兄ちゃんを殺しておいて、生きてるなんて許せない。死には死をもって償わせなきゃ駄目」
ライフルのショルダーベルトを握り締めながら、怒りで鋭く目を光らせるマリエルに、ジョエルはまた気の毒そうな視線を向ける。
「なぁ、お前の兄貴も軍人だったんだろ? なら……」
ふと言いかけ、ジョエルは言葉を撤回する様に首を横に振る。
「いや、なんでもない……」
何がしたかったのだろうと首を傾げるマリエル。しかし、ジョエルはやはり言うべきかと迷いながら、彼女の事を考えれば言うべきでも無いかもしれないと、結局は言葉を喉の奥へと封じ込める。
"兄貴も軍人なら、帝国人を殺し、恨みを買っていた筈だと"
戦争は基本、殺し合い。軍人である以上、人を殺すし、当然、恨みも買う。復讐対象になるのだ。
そして、マリエルの兄が軍人であった以上、当然、人を殺し、相手の親類縁者から憎まれていた事になる。
そんなモノを考えれば、戦場に居る兵士ほぼ全員が当て嵌まってしまい、キリがない。だからこそ、エルヴィンとシャルルは復讐を戦場へ持ち込まない。憎しみを断ち切らなければ、戦いが終わりにくくなり、延々と続く根拠になってしまうからだ。
トゥール達もアジャン少佐や仲間の敵討ちと言っているが、その実、負け続けさせられた事に対し、一矢報いたいという意地の方が強い。
そんな中で、マリエルの復讐心は強過ぎる。戦場に存在するには余りに危険だろう。
「その復讐心が身を亡ぼさなきゃ良いんだがな……」
マリエルを眺めながらそう思ったジョエル。彼も兄を帝国軍に殺されている。恨みを持っていない訳ではないが、復讐心は弱めさせていた。
"軍人となった時点で、自分達も敵から恨まれる様になるのだから"




