7-53 紛れた敵
本陣から上がった黒い煙。おそらく燃えているのは1部のテントだったが、帝国兵達を動揺させるには十分であった。
「おい……アレは……」
「どうやら遅かった様だね……」
眉をしかめるガンリュウ少佐の問い掛けに、苦笑を浮かべるエルヴィン。比較的平静を装っている様に見えるが、心中は穏やかでは無いだろう。
「本当にやられたよ……まさか、ヴァルト村で私が使った策を応用されるとは……また、ザマの戦いで負けたハンニバルの気分だ」
今回ばかりは正にそれだろう。ヴァルト村の戦いで共和国軍に使った策。ラヴァル少佐も敵として居た戦いで使い、おそらくそれを、今回敵の作戦を立てた人物は、少佐から聞き転用したのだ。
"敵兵糧を焼き、撤退へと追い込んだエルヴィンの策を"
「まさか、直接兵糧庫を焼きに来るとは……見事にしてやられたね」
「だがどうやってだ? 敵が攻めて来た感じは無く、本当に突然、味方の兵糧庫が燃え出したが?」
「なに、簡単な話だよ……」
エルヴィンは悔しさ混じりの冷笑を浮かべる。
「"此方の戦闘中に紛れて、味方に変装して陣に侵入したのさ"。戻った偵察兵だと見せれば、誰も怪しまない。何せ、私が、偵察兵を送り情報を得たと、他の部隊と連携を取る際、周りに吹聴した訳だから、その偵察兵だと思って油断し、陣には簡単に入れるだろうからね」
珍しく、悔いる様にギリッと歯を鳴らすエルヴィン。彼自身が行った事が敵の背中を押してしまった。それが結果的に味方を救った要因ではあったが、それ以上に敵の勝率を上げてしまったのだ。戦争嫌いの彼でも悔しく無い訳が無い。
それでも冷静さは保つエルヴィンに、ガンリュウ少佐は価値のある行動へと促す。
「どうする? 他の部隊に協力を要請し、味方に紛れた敵を炙り出すか? 」
「駄目だよ……それでは味方が疑心暗鬼に陥って連携が取れなくなる。其処を、先程撤退したとされる敵に突かれたらお終いだ」
「なら、俺達で炙り出すしかないな。別の兵糧が焼かれ続けたら厄介だ」
「そうだね。余り多く動かして、味方に混乱を招くのも不味いから……1個中隊で探させよう」
そして、第1中隊を率い、取り敢えず黒い煙が上がる地点へと向かったエルヴィン達。彼等が到着した時、まだそのテントは激しく燃え続けており、兵士達が消火作業を続けていた。
焼かれたのは最大の蓄積量を有した食料庫。後方参謀達が管理し易い様、約7割近くの兵糧を溜め込んでいた場所であり、全体における総数の約6割は損失してしまったらしい事が見て分かる。
「大分燃えているね……これはかなり不味いかもしれない」
「他の兵糧庫まで燃えたら更に不味い。3人1組で手分けして当たらせるぞ」
ガンリュウ少佐は部下達に指示を飛ばすと、自分もエルヴィンを伴い別部隊の兵糧庫を確認しに向かった。
敵は変装している。外見だけを頼りに探せる程、帝国人と共和国人の特徴に差異は無く、容易に見付ける事は出来ないだろう。
普通は、怪しい動きをしている者に片っ端から目星を付けるしかないのだが、エルヴィンには使える手がもう1つあった。
少し歩き、立ち止まったエルヴィンは、ガンリュウ少佐と、連れて来たもう2人の兵士に周りを警戒するよう伝え、息を吸い、叫んだ。
「Détruire la République Ce mec de merde ‼︎」
陣地内に響いたエルヴィンの声に、周りの兵士達は一斉に彼の方を眺めた。突然、訳の分からない事を叫んだのだ。意味の分からない兵士達からすれば、稀有な目でつい見てしまうのだろう。
そして、それは事前に何も聞かされていなかったガンリュウ少佐も同様であった。
「何やってるんだお前……」
「すまない……だけど、周りの兵士達の様子を眺めてくれないかい?」
まだ理解出来ず、眉をひそめるガンリュウ少佐だったが、言われるがまま周りの兵士達の様子を眺める。
周りの兵士達による反応としては、「何やってんだ此奴?」という困惑や「馬鹿だな此奴!」という嘲笑を浮かべるばかりであった。
しかし、そんな中で別の姿を見せる者達が居た事を、ガンリュウ少佐は見逃さなかった。
「そういう事か……」
ガンリュウ少佐が見付けた者達は、エルヴィンが馬鹿な事をしていたにも関わらず、無視したり、何故か彼に憤怒の視線を送っていたのだ。
この違いを発見した事により、ガンリュウ少佐はエルヴィンの目的と発言の内容を勘付く事が出来た。
「お前……さっき、ブリュメール語で何て言ったんだ?」
「"共和国人滅びろ、この糞野郎‼"︎ って言った」
「何気に過激な言葉を言ったんだな。確かにそれは、共和国人なら怒こりそうだ」
「共和国語を勉強しておいて良かったよ。こっちの世界にはアニメも漫画も無いからね。趣味と言えば歴史書を読み漁る事しかないんだけど……帝国だと、敵国たる共和国の情報は悪役として歪曲されてる物しかないからね。ブリュメール語が必須な共和国の本を読むしかないから、覚えたんだ」
「趣味に対しては妙な行動力があるんだな、お前……仕事はサボるくせに」
途中、エルヴィンから意味深そうだが、意味が分からない単語が出たが、ガンリュウ少佐は特に気にせずに、刀の柄頭に手を置く。
「では、今から敵を捕まえるとしよう」
「帝国人なら意味が分かっても何とも思わない罵倒だけど……共和国人ならモロに罵倒されている訳だからね。自分を侮辱されたと思って怒りを表すか、罠だと思って気付かぬ振りをするか。少なくとも、帝国兵達とは違う反応を示すと思ったんだ」
「なら、違う反応を示した奴等を追えば良いな」
「お願いするよ……」
笑みを浮かべガンリュウ少佐に後を任せたエルヴィン。部下達を連れ去っていく彼の背中を眺めながら、別の仲間達と合流しようと動き出す彼だったが、あの男はこの隙を見逃す程甘くは無かった。
エルヴィンの背後に帝国兵の格好をした男が現れたと共に、その男は周りに気付かれない様エルヴィンの背に銃口を突き付けたのだ。
それに、エルヴィンは苦笑を浮かべると、ふと男の顔を確認する。
「随分と大胆な行動に出るんだね……」
「流石にアレだけ俺達を罵倒してくれたのだ。これぐらいは許して欲しいものだ」
ゲルマン語で語り掛け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる男。今回、本陣に紛れた共和国兵を指揮した指揮官サディ・トゥール少佐が、遂にエルヴィン・フライブルクと相見えたのだ。




