2-11 変わる時
世暦1906年11月4日
ヘレーネ・フライブルクの病死。それによりこの日、ヴンダーの町は悲しみに包まれ、オイゲンやテレジアは泣き、アンリやアンナは黙って黙祷を捧げた。
そして、エルヴィンもまた悲しみを胸に秘めながらも黙り込み、ベッドに冷たく横たわる母を見詰めていた。
「俺が死んだ後もこんなんだったんだろうか……」
エルヴィンが前世で死んだ時、彼は自分の死に際を見た訳ではない。気付いた時には死んでおり、気付いた時には異世界に転生していたのだ。
だから、自分の葬式の様子も、父がどんな顔をして自分の死に顔を見ていたのかも知る由も無い。
だからこそ、より一層考えてしまう。
亡くなった母が安心して逝けるように自分はどうすべきか。
領民達が幸福を感じながら一生を終えるにはどうしたら良いか。
自分の前世における最期のように、未練を残すこと無く死ねる人生を歩ませるにはどうすれば良いか。
エルヴィンの歴史関係の仕事をするという夢は、この日、別の物へと変わっていく。そして、それは彼に、人生、後に歴史を動かす事となる、ある決断を促す結果となった。
世暦1908年10月10日
ヘレーネの死からある程度人々が立ち直ったある日。今日はエルヴィンの誕生日という事で、フライブルク家の屋敷には、周りの庭も使って町の住人達も集まり、盛大な誕生パーティーが催されていた。
そんな賑わいの最中、パーティの主役である筈のエルヴィンは、客間にて、オイゲンに自分のある決意を伝えようとしていた。
「俺、軍人になろうと思う」
エルヴィンの突然の発言に、オイゲンは目を丸くし、少しの間微動だにせず、混乱し、状況を頭で整理した。
しかし、ふと我に戻ると、真剣な表情の我が子を見て、彼もまた真剣な面立ちに変わる。
「軍人とは人を殺す仕事だ。しかも、命賭けの仕事だ。私が大事な息子を、そんな危険で愚かな仕事に就かせると思うか?」
「父さんが領主として優れているのは、軍での経験と、軍の人脈があるからだ。だから俺も、それを身に付けたい! 良き領主になる為に、領民や友人達を幸せにする為に、俺は軍人にならなきゃ駄目だと思うんだ!」
オイゲンは最初、エルヴィンの軍入りを許さなかった。エルヴィンはまだ若く、軍がどれ程、悲惨な場所が知らないと思ったからだ。
しかし、エルヴィンは知っている。軍がどれ程危険で、悲惨な場所か知っている。それを踏まえた上で、エルヴィンは軍に入るべきと言っていたのだ。
決意を頑なに崩さないエルヴィン。それに、オイゲンは次第に気圧されていき、遂に諦めざるを得なくなる。
「分かった、軍に入る事を認めるよ……但し、士官学校に入る事。それが条件だ」
嘆息を零す父を眺めながら、エルヴィンは納得した様子で頷き、笑みを零す。
すると、オイゲンは頭を掻きながら、眉をひそめ、もう一度口を開いた。
「あとさ……こんな大事な事、ワザワザ自分の誕生日、記念すべき日に言う必要はなかったと思うんだが……」
最もな父の意見。それにエルヴィンは、頭を掻きながら、苦笑いして誤魔化すのだった。
世暦1909年8月1日
この日、エルヴィンは帝都ハイリッヒにある、陸軍士官学校に入学した。




