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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-52 逆襲の狼煙

 敵が退き、陣地を無事守り切る事が出来たガンリュウ少佐達は、敵への警戒は怠らないながらも、一息吐く事が出来た。



「お疲れ様、ガンリュウ少佐……今回は指揮を全て任せてすまなかった。結局、私の出番も無かったしね」


「別に構わん。お前に頼りきりというのも良くは無いからな」



 抜いていた刀を鞘へと戻すガンリュウ少佐。今までエルヴィンの奇策ばかり目立って来たが、前線指揮に関しては彼の方が上手(うわて)だと、今回の戦いでエルヴィンは実感する。


 敵を斬り、目前の自分の敵を警戒しながら、仲間達の様子を確認し、彼等が戦っている敵の様子も確認し、的確な指示を出す。武人としての実力と広い視野、長年の実戦経験が無ければ成せぬ芸当であり、エルヴィンはおろか多くの指揮官も真似は出来ないだろう。



「《武神》も勇将と呼べる事は出来るけど、どちらかと言えば猛将の要素が強い。それに比べれば、ガンリュウ少佐の戦い方は、文句無しに知力、武力に長けた勇将と呼べるだろうね」


「褒められても嬉しくはないな。《武神》は知略無しの方が化け物だが、知略を混ぜると厄介だ。俺ではどちらに切り替えたモノを相手にしても勝てる気がしない」



 帝国で勝てるとすれば現陸軍長官とグラートバッハ上級大将。そして……。


 ガンリュウ少佐は只、無愛想な瞳でエルヴィンに視線を向ける。



「何だい?」


「いや、何でもない……」



 今は関係ない思考だと、ガンリュウ少佐は(かぶり)を振ると、再び無愛想な瞳でエルヴィンへと視線を送る。



「一応、勝ちになるのか?」


「この状況を見るのなら勝ちだね……」



 どうもスッキリしない表情の2人。おそらくエルヴィンの話を聞いたロイドリンゲン少佐も気付いているだろう。


 "今回の敵は余りにも退き際が良過ぎると"



「前にも言った通り、今回の総司令官は功績に対して執念深いと私は見ている。だけど……」


「今回は此方(こちら)の本隊が援軍に来た瞬間、アッサリと退いた。峡谷出口の戦いでも退き際は良かったが、今回は綺麗すぎるな。後腐れが感じられん」


「功績に固執する司令官の部下、にしては引っ掛かる退き方だ。指揮官の独断、という可能性もあるけど……」


「それでも綺麗過ぎるな……」



 今回、敵は勝利は要塞に引き篭もっていても手に入る可能性が高い。それを押してまで攻撃して来たのは、ひとえに功績が欲しい、もしくは早く戦いを終わらせたい、という願望からによるモノだ。


 つまり、感情が作用しており、感情というのはどうしても合理的判断を鈍らせてしまう。


 仲間の命を優先し、勝利にこだわらない様な人物でもなければ難しく、今回の指揮官も、功績が欲しくない訳ではないし、早く戦いを終わらせたくない訳でもない。多少は退き際が悪くなる筈なのだ。



「ガンリュウ少佐、君の目から見て敵はどうだった?」


「攻め方に積極性はあった。此方(こちら)の隙には容赦無く戦力を投入し、突破を計りには来ていた。最初から戦いを諦めていた、とは感じられん」


「やはり、問題は退き方だけか……」



 顎を摘み、眉をひそめるエルヴィン。判断材料が少なく、予測構築に足る情報すら無い。情報が無けば閃きすらもなく、敵の思惑も分からず、対策を練り様も無い。



「只の思い過ごしなら良いんだけど……ガンリュウ少佐までもとなると、不気味だね」


「今、考えられるとして……何処(どこ)まで予測出来ている?」


「おそらく、退くタイミングは予定通りなんだろう。そして、退いても勝つ確証が敵にはある、と考えられる」



 エルヴィンは頭を掻き毟る。



「確証が何なのかサッパリ見当がつかない! 何か見落としている? いや……やはり情報が足りないだけか」



 頭から手を離したエルヴィンは、背後の陣地へと目を向ける。



「本陣を奇襲する事により、此方(こちら)に大打撃を与えて撤退へと(おちい)らせる。多少の打撃でも、只でさえオリヴィエ要塞陥落には足りない兵力だ。ほぼ間違いなく撤退する羽目になるだろうね」



 奇襲に失敗し、幸い防衛に参加した兵力も予想以上に多かった。エルヴィンがいち早く隣接部隊にも伝令を送った成果だが、運が良かったとしか言いようが無い。



「奇襲に失敗し、攻撃自体も失敗した。もう敵には要塞への撤退しか選択肢が無い……」



 この時、エルヴィンの脳に(かすみ)が浮かぶ。



「本当にそうだろうか……? 本当に、敵にはやれる事が無いのかだろうか……?」



 何かに気付き掛けている。何か分かりそうだった。



此方(こちら)の防衛体制が整った以上、敵が攻撃してこようと対処は簡単だ。もう、突破なんて有り得ない。それは間違いないんだ。地震や自然災害の予期せぬモノでも起きなければ……」



 そんな超常の力を作用させるなど人の芸当では不可能だし、【未来予知】のスキル持ちが居て、予期していたとするならば、災害が起こった後に攻撃しにくるだろう。その他、スキル関連について予想した所で、可能性は無限に等しく、考えるだけ無駄だ。


 エルヴィンは頭を掻き毟ると、空を見上げる。



「スキルが関係しているなら、もう私には考える余地は無いな……」



 半分諦め、せめて敵の思惑が大したモノで無い事を祈ったエルヴィン。それにガンリュウ少佐も、彼にも此処(ここ)が限界なのだと悟ってしまった。



「流石のお前でも分からんか……」


「私も地の頭が良い訳じゃ無いからね。ハーバード大学ぐらい行ける頭の人だったら気付いたんだろうか?」


「ハーバード大学? そんな大学あったか?」


「う〜ん。知らない」



 意味の分からない事を言い始めたエルヴィンに、ガンリュウ少佐は首を傾げるが、エルヴィン自身、自分が前世のボロを出した事に気付いておらず、上の空だった。



「ハーバード……アメリカかぁ……ラヴァル少佐の出身国らしいけど、確か竜巻多いんだよな、あの国。その時の農家とか大変そうだ。……いかんいかん! また訳の分からない現実逃避をしてしまった! 農家とか()ぎった所為で、お腹が減って来たじゃ……ん?」



 この時、エルヴィンはふと閃き、気付き掛ける。



「ラヴァル少佐……確か、彼もヴァルト村の戦いに参加していたよな? この戦いに居るとは限らないけど……いや、そもそも今回は関係ない筈……でも確か、あの戦いで私が使った策が……」



 その時、エルヴィンの脳裏に浮かんだピースが全て瞬時に繋ぎ合わさり、彼の両目は大きく見開かれた。



「そうか……! そういう事か! なら、早く‼︎」



 敵の思惑に気付き、咄嗟に動き出そうとするエルヴィン。しかし、それが遅過ぎた事を知らせる狼煙が上がってしまう。


 本陣から上がった黒い煙。それを見上げる羽目になったエルヴィンの姿。それは謀らずも、ヴァルト村の戦いでラヴァル少佐が演じた姿と同じであった。

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