7-51 帝国本陣防衛戦
エルヴィン達が簡素ながら防御態勢を敷いた時、共和国軍の別働隊が南から姿を現わす。
別働隊としては敵が全軍で迎撃に出て来る前に撤退したかったのだろう。睨み合う時間すら無く、即座に戦端は開かれた。
雄叫びを上げ、敵へと突っ込んでいく共和国軍魔術兵とそれを援護する通常兵。帝国軍は銃弾が飛んで来る中、動く事なく武器を構えてじっと待ち、そして、ある程度敵が接近した瞬間、各部隊長が命じる。
「「「撃て‼︎」」」
帝国軍からほぼ同時に撃ち込まれた銃弾。それにより共和国兵は次々と倒れ、中には魔術兵も多数含まれていた。
銃弾とは目標との距離が近ければ近い程に威力が上がる。正確には、距離が開くと、その分、空気抵抗や重力による失速で威力が減退するのだ。
なので、遠くの敵を狙わせるより、ある程度近付いた所を撃たせる事により、命中率も上がる上、威力も上がり、敵に大きいダメージを与えられるのである。
それでも、やはり兵力が物を言い、大多数の共和国兵が帝国兵と接敵、白兵戦が開始された。
現在、迎撃に参加している帝国軍の兵力は3個大隊と1個連隊、約3千程で、思ったよりは互角な戦いを演じれていた。これだけ兵力を揃えられた事は、エルヴィンにしても嬉しい誤算だと言え、他の大隊長達も同様の気持ちであったろう。
「偵察兵を送っていたフライブルク中佐に感謝だな。お陰で奇襲を防ぐ事が出来、大分楽に戦える」
そう評したのはエルヴィン達の隣に配置されていた第108大隊隊長ロイドリンゲン少佐だった。彼等もまた敵迎撃に参加していたのだ。
「フライブルク中佐によると敵兵力は約1個旅団。味方がこれだけ兵力を揃えられれば時間稼ぎは容易だな。防衛側の有利となる要素が無い分、我々だけでの撃退は避けたい所だが」
ロイドリンゲン少佐の不安は尤もだろう。現在、彼等は兵力がモノを言う単純な殴り合いをしている。普通に戦えば兵力の少ない少佐達が不利であり、このまま司令部が「お前達で頑張れ‼︎」など言ってくれば、突破されるのは確実。そして、迎撃準備を真面に整えていない本隊は大打撃を被る事になるだろう。帝国司令官の大多数はこう言う馬鹿供である。
幸い、エッセン、クレーフェルト両大将はそんな馬鹿供では無い為、援軍が来ないという心配な無いだけ大分良い状況だと言えた。
「3千で旅団の相手は厳しいが……時間稼ぎなら積極的に攻めなくて済むし、被害は低く抑えられるだろう。それに……」
ロイドリンゲン少佐は別の味方が戦っているだろう戦場へと視線を向けた。おそらく、現在、最も戦功を挙げているであろう部隊へと。
「糞っ‼︎ 何なんだ此奴‼︎」
「強過ぎだろう‼︎」
共和国兵達が狼狽え、畏怖と恐怖で瞳を濁らせながら眺めた敵。それは、《剣鬼》と共和国にまで恐れられ始めたガンリュウ少佐であった。
彼はいつものごとく無愛想に黙々と、敵を次々と斬り刻み、首を飛ばし、撃破していく。まるで呼吸する様に。
何より、彼は部分強化、脚力強化の扱いが上手く、1人の敵兵を殺した後、瞬時に移動する為、共和国兵達からすれば何が起こってるかもわからない者が多い。分かる者からしても化け物が如く見えてしまうだろう。
混戦にすれば《剣鬼》の脚力強化による動きも弱まるが、それ無しでも彼は強く、混戦に参加した味方兵士はほぼ壊滅させられて終わる。
おそらく、《剣鬼》に対抗出来る武人は共和国軍には5人と居らず、勝てるとなれば《武神》だけだろう。良くない事にその誰も、現在、此処には居ないのだが。
「あれが《剣鬼》か……噂には聞いていたが。本当に化け物だな」
軽く舌打ちするメイジュー准将。《剣鬼》の強さもそうだが、敵に事前に行動がバレ、ある程度の迎撃は覚悟していたとはいえ、予想よりも戦いに参加する敵兵も多く、苦戦を強いられていたのだ。
「偵察兵を送った指揮官は余程、優秀と見える。司令部の指示を仰ぐ前に、他部隊との協調を計ったのだろう。迎撃準備を整えるのが早い」
万全では無いだろうが、多少準備されるだけでも攻守の優位差が出て来てしまう。微々たる差でも、戦い方によっては戦況をひっくり返すのも可能だろう。
「閣下! 《剣鬼》と相対している部隊から救援要請! 《剣鬼》麾下の魔術兵も相当の実力を保有しているとの事です!」
「《剣鬼》は余程、部下を鍛えるのも上手いと見える。見た所、指揮能力も高いのだろうな。飛んだ誤算だ、糞……」
怒りはしないメイジュー准将だったが、やはり、たった1人に苦戦を強いられるのは快く思えない。「《武神》を相手にした帝国兵達も同じ気持ちだったのだろうか?」と同情さえ覚えてくる程である。
「閣下! 敵の数が着々と増えつつあります!」
「態勢を整えて来たか……このままでは反撃されるな……」
拳を握り締め、歯をギリギリと鳴らすメイジュー准将。此処まで来れば残された道は、無念極まる物しか無い。
「総員、撤退する……」
ワザワザ要塞から出て敵本陣を攻撃しておきながら、結局、何の成果も出せずの撤退。部隊を任された者として、これ程の悔しさは無い。
「俺の指揮では此処が限界らしい……」
5千の兵力での本陣奇襲。奇襲さえ成功していればまた違っただろうと、偵察兵を送った指揮官にメイジュー准将は恨み言を連ねたい所だが、見事だと賞賛を零してしまう。
「今回は俺の負けだな……」
悔しさで拳を握り締める准将。しかし、負けたにしては、妙に冷めた反応であった。




