7-47 再び迷子の偵察兵
世暦1914年10月28日
帝国軍本陣南。そこもまた森が生い茂る森林地帯であったが、そんな中を2人の若い帝国兵士が歩いていた。
「なぁ、ノイキルヒ」
「何だ?」
「まさか、とは思うが……また道に迷ってね? 俺達……」
「……そう、みたいだな」
歯切れ悪く話す2人の青年兵士。ヴァルト村の戦いの折、エルヴィンの下で戦った偵察兵、グンテル・コトブス軍曹とフォルカー・ノイキルヒ一等兵であった。
今回、ロストック中尉等と共に再びエルヴィン麾下へと組み込まれた、この人間族と獣人族の親友コンビだったが、ヴァルト村の戦いの時と同じく、また森で迷子になってしまっていたのだ。
「いや〜っ、また迷子かぁ〜、どんだけ方向音痴なんだよ俺達」
「お前と居るといつもコレだ! 方向感覚鈍らず呪いでも掛けられてんのか?」
「何で俺の所為みたいになってんだよ! 同じく迷子になってる時点で、ノイキルヒ、お前も同罪だからな⁈」
「俺は迷って無い。ただ単にお前に付いていってトバッチリを食らっただけだ」
「あれ〜? おかしいなぁ〜? 俺の進行方向と同じ向きにお前が居んだけどぉ〜? お前が俺に付いていっているとか言っておきながら、俺の方がお前に付いていってる感じなんだけどぉ〜?」
馬鹿にする様なコトブスの言い草。しかし、実際に、先程から先導していたのはノイキルヒの方であり、彼は屈辱的だと身体を震わせながら、小銃を構えて相棒へと振り向いた。
「ウッセェな‼︎ 分かってんだよそんな事は‼︎ 俺にも当然責任ありますよ! 責めて、すいませんでした‼︎」
「銃口こっちに向けながら言うな‼︎ 俺が悪かった! 俺も迷った原因なのに茶化して、ごめんなさい‼︎」
手を挙げ、反省するコトブス。実は、最初先導していたのは彼の方であり、迷子の原因を作り出したのは彼なのだ。悪化させたのはノイキルヒだが。
「たく……お前、直ぐ脅して黙らせるの止めろよな!」
「お前が下らん事を言い出すのが悪い」
「ジョークじゃねぇかジョーク。お前の従兄弟たるジーゲン大尉の脱衣癖みたいなもんだよ」
「ジョークにしては癪に触るから止めろ! あと、マンフ兄のアレはジョークじゃ無くて地だ!」
第2中隊隊長ジーゲン大尉はノイキルヒの従兄弟であり、彼は親しみを込めてマンフ兄と呼んでいた。
しかし、やはり、大尉の上半身脱衣癖は、血縁である彼にとっても異質に見えるらしい。
「マンフ兄は、昔から身体を鍛える癖があったんだが……その努力が自信に繋がったのか、自分の筋肉に異常な愛情があんだよ。前、マンフ兄の家行ったらパンツ一丁で生活していた程だからな?」
「マジか……確か、奥さんと子供が居んだよな?」
「子供にあの癖が受け継がれないか心配だよ……」
嘆息するノイキルヒ。迷子である事も忘れ、従兄弟の問題に苦悩してしまったが、それ程までにジーゲン大尉の在り方は強烈なのだ。
「マンフ兄……アレさえ無ければ良い父親で、良い兄なんだけどな……」
「なるほどな。お前の一族は変人揃いと……」
「おい! 何故、一族全部を変人扱いした!」
「いや、直ぐ銃で脅すクレイジーなお前と、脱衣癖のある従兄弟。それだけで、お前の一族は変人だと分かるぞ?」
「俺はクレイジーでも変人でも無い! 訂正しろ‼︎」
「しっかし……同じ獣人でも、あの天使ちゃんは違うよなぁ〜!」
「人の話を聞けぇえっ‼︎」
ノイキルヒの反論には耳も貸さず、別の話題にすり替えたコトブス。それに溜め息を吐くノイキルヒだったが、天使については興味のある話だったらしく、乗る事にした。
「天使って、あれだろう? 衛生兵小隊のメールス一等兵」
「そうそう! 天使の様に献身的で優しく可愛い獣人の子! いや〜っ、アレはマジで可愛いぜ?」
「妙に詳しいなぁ……」
「怪我を偽って会いに行ったんだよ」
「お前なぁ……」
目を細めるノイキルヒに、コトブスは肩をすくめる。
「安心しろ。衛生兵小隊長殿にちゃんと怒られたよ。……まぁ、何にせよそのメールス一等兵なんだがな? 遠目で見ただけだが、顔も可愛いくて、負傷兵に対して治療しながら、優しく微笑んで語り掛け、励ます姿なんかもう……」
「マジ天使、だったと?」
「そう! マジ天使!」
シャルを絶賛するコトブスだったが、ノイキルヒは呆れ気味に苦笑する。
「お前……前はフェルデン中尉、マジ美人、妖精! とか言ってなかったか? コロコロと変わる憧れだなぁ……」
「フェルデン中尉は美人妖精でメールス一等兵は可愛い天使だ! 憧れの種類が違う! それに憧れを持つのは自由だろう‼︎」
「そうだな……そこに恋愛要素が無ければ自由だな」
コトブスがピクリッと身体を震わし、それにノイキルヒは嘲笑を零す。
「一応、言っておくが。噂じゃ、2人共大隊長に片想い中らしいぜ?」
「マジか⁈ じゃあ、どっちに告っても振られんじゃん‼︎ チキショ〜‼︎ 始まる前に俺の恋が終わった〜‼︎ どっちに告るか迷ってた俺が恥ずかし〜‼︎」
本気で恥じる様に、残念がる様に頭を抱えるコトブス。妖精と天使。この呼び名は高嶺の花という意味も込められており、普通は彼女達に告ろうなど躊躇われるのだが、彼は本気で告ろうとした。結構、情熱的な奴であり、直球な奴であり、そこが彼の魅力でもあった。
そんな親友にやれやれと肩をすくめるノイキルヒだったが、正面を向いた瞬間、目を見開き、足を止める羽目になる。
「おい、コトブス……」
「何だ?」
「前……」
ノイキルヒが指差した方へと促されるまま視線を向けるコトブス。そして、彼もまた口元をひきつらされる羽目になった。
「なぁ……見間違い、とかじゃねぇよな?」
「あぁ……残念ながら」
冷や汗をかく2人。視線の先で、出会っては不味い者達が此方に銃口を向けていたのだ。
"共和国軍の別働隊"。2人はまたしても、戦局を揺るがす情報と、最悪の形で遭遇してしまったのである。




