7-44 無用の損害
負傷した艦艇は流石にヒルデブラント要塞へと帰還させた第3艦隊は、再び共和国艦隊との海戦を開始する羽目になった。
しかし、空軍の思惑に乗った積極的な戦いをする訳ではなく、真面に参加すれば勝ちはしても、将来の海域防衛に無視出来ない損害を被る為、砲射程ギリギリの距離を保ちながらの砲撃を続けていた。
「奴等の手柄に花を添える為に、犠牲覚悟で突っ込むなど馬鹿らしい。これでも多少の援護はしている事になるだろう」
最低限の仕事に専念するキルヒェン中将だったが、発言通り、援護にはなっているらしく、共和国艦隊は敵砲撃により満足に動けない所を騎龍のブレスや火の玉に襲われ、艦が損傷していく。
「ポール中将‼︎ 戦艦バレーヌソナー、左舷副砲大破!」
「眼前の艦なのだから言われずともわかる‼︎ そんな無駄な報告をする暇があるなら、全艦へ対空戦に専念させる様伝えろ‼︎」
モンリュソン中佐に怒鳴るポール中将。怒りを抑えられないのも無理はない。敵騎襲来以来これまで駆逐艦2隻撃沈、軽巡洋艦、戦艦1隻ずつが中破。その艦艇においても小破という報告が上がって来ていたのだ。
「敵艦隊が積極的に攻めて来ないだけマシだな。そしたら艦隊全滅もあり得た。その分、此方との犠牲比に開きがあるのは気に入らんが……」
ギリギリと奥歯を鳴らすポール中将。その耳に、再び味方艦1隻が撃沈されたという情報が入る。
「閣下! このままでは……」
「モンリュソン中佐、分かっている‼︎」
そう、艦隊が全滅しそうなのは分かっている。ポール中将も今すぐに現海域から離れたいのだが、敵飛行隊がそれを許さず、逃げようと方向した隙を突き、接近し、炎の球を浴びせて来る。
2、3騎は対空装備で撃墜出来たが、何分すばしっこく小回りが利く。なかなか弾丸が当たらない。
「忌々しい蜥蜴供が……」
ポール中将が苦々しく騎龍を見上げた時だった、見張り台から伝声管を通して告げられる。
「2時方向から機影接近! オキュレ基地から味方の援軍です‼︎」
「よしっ! 来たか!」
ポール中将はこの時を待っていた。
この時代、戦闘機に爆撃という概念は未だ無い。戦闘機の役割は敵の上空偵察及び、敵偵察機と敵攻撃騎の撃滅である。つまり、味方空軍が敵騎龍と交戦し、敵が其方に気を取られている隙に、艦隊を逃す、という事が出来る訳である。
「全艦、味方空軍が敵の足止めをしてくれている内に、海上の味方を収容し次第、撤退を開始するぞ‼︎」
ポール中将の命令に、即座に動き出す兵士達は、撃沈した船から脱出した味方を助けつつ、ルミエール・オキュレ基地への撤退を開始する。
そして、同時刻、共和国空軍の到来を心待ちにしていたのは、何も共和国艦隊だけではなかった。
「やっとか……これで此方も悠々と逃げられる」
帝国艦隊キルヒェン中将も敵空軍到来、敵艦隊の撤退を心で喜んでいたのだ。
「敵空軍到着により味方空軍との連携が取り辛くなる。その隙に敵艦隊に逃げられたとなれば……我々にはもう戦う意味が無くなる。これで海軍の面目を守りながら撤退が出来るだろう」
安堵の吐息を吐き、胸から煙草を出し、口に咥えたキルヒェン中将。それにゲルドルフ少佐は眉をしかめる。
「閣下、煙草は!」
「分かっとるよ……火は付けん。このまま咥えておくだけだ」
煙草を吸いたい欲を抑える為に火の無い煙草を加えるキルヒェン中将だったが、やはり虚しいので早々に口から離す。
「さて、俺達も撤退するかね……」
帝国艦隊から少し離れ、共和国艦隊が離れ行く地点で帝国騎龍群と共和国戦闘機群の空戦が繰り広げられていた。
やはり、優位なのは騎龍の様で、戦闘機を次々と落としに掛かっているが、戦闘機も騎龍に対し3騎で当たる事により奮戦している。
この隙、味方空軍が連絡など出来よう筈も無い間を縫って、帝国艦隊は撤退を始めるのだが、目敏く再び戦闘中である筈の空軍から通信が入った。
「閣下……」
「ま、何故逃げるのだという馬鹿らしいヤツだろうな」
嘆息しながら受話器を取ったキルヒェン中将だが、耳に当てる前に固まった。
「閣下……?」
ゲルドルフ少佐が首を傾げた時、なんと中将は受話器を通信機から引っこ抜き、線を切った。
「閣下⁈」
「あ〜っ! しまった! つい、壊してしまった! これでは空軍からの通信も聞く事が出来んなぁ〜! 困った困った……」
ワザとらしい中将の演技に、ゲルドルフ少佐も冷食混じりの失笑を零し、彼の気持ちも分かるので目を瞑る事にした。
「閣下……空軍からの通信は後で基地に戻ってから聞くとしても、早く撤退なさいませんと……」
「そうだな。こんなおふざけをしている暇では……」
その時、見張り台から伝声管を通し、1つの悲劇が伝えられる。
『味方騎接近‼︎ 此方に突っ込んで来ます‼︎』
「なにぃ⁈」
キルヒェン中将は直ぐに兵士の示す方を眺める。そこには、目下炎上しながら、此方へと向かってくる味方騎龍の姿があった。
「あれは敵にやられたのでしょうか……?」
「完全に龍が我を失った感じだな……しかも、ブレス形成中に殺られたのか熱エネルギーが暴走してやがる。このままだと、この艦にぶつかり爆発するぞ‼︎
事態を重く見て、即座に艦長へ回避運動を取るよう命令するキルヒェン中将。判断の速さが功を奏し、旗艦グライシハイツには被害は出なかった。
そう、旗艦には。
「戦艦ウィルダーフント被弾! 艦橋に先程の騎龍が突っ込み……爆発、ました……」
専務参謀からの報告に、キルヒェン中将は直ぐに窓脇に移動し、戦艦ウィルダーフントの様子を確認する。そこには、艦橋が大破し炎上する、航行不能に陥った鉄の塊が存在した。
「専務参謀! ウィルダーフントの被害は?」
「細かい事は不明ですが、航行不能、数十分で海に沈むのは間違いなく……艦長を含め、艦橋員はおそらく、全滅かと……」
怒りに奥歯を噛み、窓に拳を叩き付けようとしながら、すんでで抑え込むキルヒェン中将。彼は即座に部下達の方を振り返り、怒声を混じらせ告げる。
「総員、ウィルダーフント船員の救出を急がせろ‼︎ 近付いてくる飛行物体は何であろうと撃ち落とせ‼︎ これ以上の被害は絶対に食い止めろっ‼︎」
空軍の戦いに巻き込まれたが故に出た損害に、キルヒェン中将は忌々しく、空戦を続ける味方騎龍を睨み付けるのだった。
オリヴィエ沖海戦は、帝国軍2隻撃沈、8騎撃墜、死者320名、共和国軍4隻撃沈、20機撃墜、死者613名。
死者数と戦略的、戦術的目的から見れば帝国軍と勝利と言えるが、空軍を責とする味方艦撃沈が問題となり、後日、海軍と空軍との間で罵倒と非難の無駄な応酬が行われる事となったのは言うまでも無い。




