7-42 オリヴィエ沖海戦
世暦1914年10月25日
帝国軍第3艦隊。共和国軍第2艦隊。両艦隊は今日、オリヴィエ沖50海里の地点にて両艦艇を双眼鏡越しに確認する。
「あれが帝国第3艦隊。我々と同じ単縦陣を敷いているな」
双眼鏡越しに敵陣形を確認した共和国軍第2艦隊司令官フランソワ・ル・ポール中将は、旗艦サヴルメール艦橋から敵艦隊の艦1つ1つにも目を配る。
「艦数は27隻。此方より1隻多いか……」
第2艦隊の編成は戦艦6、重巡洋艦4、軽巡洋艦5、駆逐艦11、計26隻であり、帝国軍第3艦隊と兵力的にはほぼ互角と言えた。
「数は同格でも、此方は敵艦隊撃滅を主な主任務とし、彼方はそれを防衛すれば良い。余程の無能でもなければ艦隊撃滅など無理だな」
双眼鏡を下ろし嘆息を零すポール中将。陣形だけ見て有能さは分からないが、各艦の連携と動きを見れば敵司令官の力量が分かる。今回の敵は堅実な戦い方をする。癖のある知将より、防衛戦を敷かれると此方の方が厄介だろう。
「有能だな……今すぐ基地に引き返したい所だが……」
「一戦もせず戻れば責任を取る羽目になりますよ、閣下」
そう忠言したのは首席副官のジャコブ・モンリュソン中佐であった。
「モンリュソン中佐。現実を直に突き付けんでも良いだろう……」
「このまま何も言わずにいれば、本当に撤退しかねないように見えたもので」
「俺はそんな常識知らずでは無い。武人としての職責は真っ当するさ」
肩をすくめたポール中将は麾下の艦隊を眺め、悲観的に眉をしかめる。
「尤も……それで犠牲になるのは俺の部下達なのだがな」
面目を保つ為でも戦いは戦い。兵士に死者は当然出る。勝てないと分かっている戦で、犠牲が出ると分かっていて戦わねばならない、という事実に、中将は良心に刃物が刺さった様な心痛を味わうのだった。
両艦隊の邂逅。開戦の火蓋は、各戦艦同士が主砲射程圏内に入った瞬間と共に始まる。
「「撃て‼︎」」
偶然、別の国の言葉でいながら重なった号令。それを互いに知る由はないが、ほぼ同時に両艦隊が射撃を開始する。
動きとしては互いに単縦陣で正面同士、見合って邂逅した両艦隊だったが、互いに丁字戦法を画策したのだろう。帝国軍第3艦隊、共和国軍第2艦隊共に左に舵を切り、互いに艦側面を見せる形での砲の撃ち合いとなった。
初撃目は、風や敵艦との距離を上手く測れず、それを調整する為の斉射であった為、両艦隊共に被害は小さかったが、帝国駆逐艦1隻が至近弾を浴び外装を削られ、運悪く兵士2名が戦死した。
それを専務参謀から聞かされたキルヒェン中将は軽く舌打ちを零したが、直ぐに切り替え、指揮に専念する。
その後は互いに敵艦隊との距離を一時的に離し、再び接近するのだが、両艦隊共に丁字戦法は諦め、単純な風上の取り合いを開始した。
これは互いに運が勝敗を左右するのだが、駆逐艦1隻が損傷し、兵士が死んだ事への同情か、北から風が吹き、北へと移動した帝国艦隊が優位となる。
しかし、黙って不利な状況に甘んじる共和国艦隊でも無く、ポール中将は敵射程に入る前に、即座にオリヴィエ要塞近海へ後退を開始。要塞の対艦砲射程圏内を通り、敵をそれに誘導しようとするが、それに気付かないキルヒェン中将でも無く、射程外ギリギリの所で方向転換。
その隙をポール中将は見逃さず、敵艦隊に接近し、即座に梯形陣に陣形を変え、南からの砲の斉射を敢行。
3割の艦艇が回頭していた隙を突かれた帝国艦隊は駆逐艦2隻、重巡1隻が被害を受け、戦艦1隻は中破に近い損害を被った。
これにはキルヒェン中将は再び舌打ちをするが、流石の判断力というべきか、回頭を逐次回頭に切り替え、回頭した艦艇が、接近した敵艦隊に、前衛艦隊の合間から勢力射撃を開始。
共和国艦隊はそれに対し一斉回頭で回避を行うが、重巡洋艦が1隻大破、航行不能に陥ってしまう。
これにはポール中将が舌打ちをし、重巡洋艦からの全乗組員の退艦と、自沈を命じた。
互いに無視出来ない損害を被った両軍は、此処から積極的な攻勢を見せる事はなく、当たり障りのない撃ち合いを続け、目立った損害も出ぬまま1夜過ぎ、朝日を艦上で眺める事となる。
世暦1914年10月26日
両艦隊共に再び距離を取り、キルヒェン中将はゲルドルフ少佐に語り掛ける。
「少佐、作戦主任としてどう思う?」
「潮時でしょう。専務主任参謀の報告では、中破3、小破5。これ以上の戦い継続は艦を失うだけだと考えます」
「ヒルデブラントに戻り、修理して貰うべき、という訳だな。だが……我々は一応防衛側だ。敵が退いてくれねば、此方が退いた後に制海権を取られる可能性がある」
「それは問題無いかと。彼方の損害も見た所甚大ですし、敵の司令官としても艦を修理すべく、今直ぐ基地へと戻りたいでしょうから」
「なるほど……なら、後退を知らせる旗を掲げよ! ヒルデブラントへ帰投する!」
キルヒェン中将の命令と共に旗艦グライシハイツに撤退を知らせる旗がはためいた。それには、敵司令官ポール中将も安堵を零す。
「敵は退いてくれるか……これで追撃の危険も無く、此方も退けるな」
ポール中将はズレた軍帽を直すと、キルヒェン中将と同じく撤退を命じ、旗艦サヴルメールにも撤退を知らせる旗がはためいた。
互いに撤退の命が下った両艦隊は、全艦が自軍の軍港へ向け針路を向け、回頭する。
しかし、帝国艦隊旗艦グライシハイツ見張り台の兵士が、双眼鏡越しに空から接近する群れを発見し、状況は一変した。
「10時方向より騎影接近っ‼︎ 数、およそ30っ‼︎」
「なにぃ⁈」
艦橋員が発見した騎影。それは、今迄傍観を決め込んでいた味方帝国空軍の騎龍。しかも攻撃型騎乗龍、火龍であった。
双方撤退を進めている時の帝国攻撃騎の襲来。オリヴィエ沖海戦は、予期せぬ流血を強いようとしていた。




