7-41 狐
共和国軍本隊がオリヴィエ要塞へ全軍を退かせ、トゥール達も要塞へと帰還した。しかし、その背には、敗北と仲間の死の罪科が重く背負わされている。
「トゥール少佐!」
要塞を1人歩くトゥールにジャンが声を掛ける。
「探しましたよ少佐。部隊の所に行っても居ない事が続きましたから……」
「すまんなブレスト少佐。要塞をブラブラ回っとったのだ」
元気の欠けるトゥール。彼の部隊を訪れた際も思ったが、フライブルク少佐に再び負けて以来、部隊自体にも覇気が無い。
「少佐……やはり、気にされているのですか?」
「そうだな……実は、ヒルデブラント以来の副官を死なせてしまってな。俺が元気無いのはそれが原因だが……今回は死人が多かった。しかも、無残に、無価値に負けての死だ。とても償えるものでもあるまい……」
溜め息を吐くトゥール。今回は作戦を立てた自分にも責任があると、ジャンも罪の罪悪感を感じるが、そう告げた所でトゥールが彼を責める事は無く、全て自分の責任だと言い張るだろう。だからジャンは前を向いた話を始める。
「トゥール少佐……実は、本隊が撤退を開始する前、ある敵の通信が入って来ました」
「その様子だと、俺にも関係ある話か?」
「はい……通信を送った部隊は間違いなく、フライブルク少佐の部隊です」
フライブルク少佐。その名詞に、トゥールの瞳に一瞬、炎が見えた。
「して、通信の内容は?」
「通信自体は当たり障りの無い、トゥール少佐達を撃破した事を知らせるモノだったのですが……その時、奴の部隊の暗号名も流れたのです」
「その名とは……」
「フックス。ゲルマン語で狐を示す名です。そして、フライブルク少佐の父は《森狐》。まず間違いなく、奴の部隊暗号名だと考えられます」
「そうか、狐。狐、か……」
その名を呟く度、トゥールの口元には笑みが浮かび、瞳には覇気が戻っていく。
「つまり……その狐という名が出た場合、奴が敵の動きに関わっているという事だな?」
「はい」
「その時こそ、今回の敗北も含め、全ての雪辱が果たせる好機なのだな?」
「はい」
「そうか!」
トゥールに最早悲観する様子は無い。彼に見えているのは将来。いや、現在に於いて脅威となるエルヴィン・フライブルクの妥当。それへの闘士のみである。
「ブレスト少佐。これから何か策は無いのか?」
「早急に過ぎますよ。今の所はありません。どの道、敵が動かない事には此方も動き様がありませんから」
「そうか……やはり、兵力差が互角な上、要塞攻略には心許ない戦力。敵は当分、動くのを渋るだろうな」
「実際、そういう旨の通信をヒルデブラントへと送っているようです。やはり、暫くは動かないかと」
「早くて、第2艦隊の戦果次第、というところか」
現在、オリヴィエ要塞東方ルミエール・オキュレ基地からオリヴィエ沖の制海権確保の為共和国第2艦隊が出航している。海を取れば、キルヒェン中将等が想定した様に、敵部隊後方に部隊を派遣、奇襲を仕掛ける事が可能となる。
「本当であれば、このまま要塞に立て籠もっていた方が良いのだろうが……」
「その分、時間も掛かります。兵士達からすれば、早く故郷へ帰りたいでしょうし、司令官や政治家達からすれば、功績を立てて名声を上げたいのでしょう」
「後者の思惑などは馬鹿らしいが。俺としても、動いてくれた方が復讐戦の機会も増えて有難い」
「不謹慎ではありますがね」
肩をすくめるジャンに、トゥールは尤もだと苦笑を零す。
「しかし……狐、か……」
「何か?」
「いや、奴の策を見ると、本当に狐が如く小賢しく厄介だと思ってな」
「確かに……狐という名はしっくりきますね……」
「《森狐》の活躍を俺は見た事が無いからなんとも言えんが、おそらく同じぐらい小賢しかったのだろうな」
「そう、だったかも、しれませんね……」
笑うトゥールを他所に、ジャンの脳裏に僅かな違和感が浮かぶ。
調べた所によると、《森狐》は確か堅実な戦い方を得意としていた筈。狐という異名も森での奇襲を得意としていたからだが……それでも軍人としての域は超えなかった。フライブルク少佐の戦い方は軍人というよりまるで奇術師に近い。父が軍人にしては、やはり何処か……。
ふと、此処まで深く考え過ぎたジャンは眼鏡の位置を中指で直し、我に帰る。
「憶測に過ぎる上、無駄な考えだな。敵がどんな人物であれ、俺のする事は変わらん」
そう、ジャンにとっては彼がどんな性格をしてようが、どんな生い立ちをしていようが関係ない。重要なのは、彼がどの様な戦術を得意と、どんな作戦を多用するかのみである。それによって、彼を倒せるかどうかが決まるのだから。




