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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-38 得無き損失

 中央峡谷を通り本隊へと戻るトゥール達。道中、休憩がてら足を止める彼等だったが、やはり皆の表情は暗い。



「勝利出来る筈だった戦いを、いとも容易く負けに変えられたのだ。元気が出んのは無理も無いが……」



 覇気も欠け、沈む部下達を眺めつつ、トゥールは敗北の苦味を舌で不快に味わいながら、ギリギリと奥歯を噛み締め不快音も鳴らす。


 しかし、只、苦味を味わうだけなど指揮官がして良い行動ではない。


 トゥールは吐息を吐いて怒りを鎮めつつ、兵士を呼び、報告を聞く。



「味方の死者はどれぐらいだ?」


「50、は超えているとの事です……」


「部隊の1割もか……」



 トゥール率いる大隊の総数は約500であり、エルヴィン麾下(きか)第11独立遊撃大隊に対して100近い兵力の余裕があった。敵の総数を知らず、敵が1個大隊と漫然と踏んで動いていたトゥール達だったが、兵数だけ見ても勝ちは高い確率であったと言える。


 しかし、地理的優位、兵数的優位をエルヴィンは見事に打ち破って見せた。しかも、1()0()()()()()()()()に済ませながら。



「今回、奇襲して来た魔術兵を2人しか撃破出来なかった。その前に、峡谷から敵が何も知らず出て来た所を勢力射し多大な犠牲を与える筈だったものを、敵に勘付かれ峡谷を出ずに済ませてしまった。この戦いで此方(こちら)は、敵に決定的な損害を与える攻撃を何1つとして出来ていない!」



 トゥールは拳を強く握り締める。



「優位でありながら、敵に損害を与える機会すら潰されていたとは……ここまで悔しい敗北など、15歳での入隊以来初めてだ‼︎」



 悔しかった。どうしようもなく悔しかった。


 ブレスト少佐から見事な策を貰い、実行し、勝てる状態まで上手く行かせたにも関わらず、逆転され敗北した。しかも、大した損害も当てられず、味方の方が犠牲を強いられて、である。


 劣勢からの敗北なぞより、屈辱感は数倍にも及ぶ事だろう。


 怒りに震えるトゥールだったが、ふと、彼が居ない事に気付き、拳を緩める。



「そう言えば、シャティヨン中尉はどうした? 左翼の方に伝令へ向かった筈だが……」



 シャティヨン中尉。トゥールの副官で、台地上の味方へ指示を伝えに向かい、それ以来、会っていなかったのだ。


 その問いに対し、兵士は一瞬言葉を(つぐ)み、言い澱みむが、意を決し伝える。



「シャティヨン中尉は敵魔術兵が攻めて来た際、台地の最も近くに()り…………敵の先鋒、あの鬼人の剣士に討たれ……()()、なさいました……」



 中尉の死。それを聞かされたトゥールは拳から完全に力を抜くと、表情を戻し、静かに空を見上げた。


 しかし、次の瞬間、一気に穏やかな空気を消し去り、顔を憤怒で歪め、強く握り締めた拳を壁に叩き付ける。



「なんたる無様な有様だっ‼︎ 復讐戦と息巻いておきながら、復讐すら叶わず、多数の味方とシャティヨン中尉まで失った! しかも、同じ鬼人の剣士によってだ‼︎ お前達の復讐の為にまた仲間を死なせましたなど、アジャン少佐等にどう弁解すれば良いのだっ‼︎」



 アジャン中尉等の復讐戦。たがらこそ、トゥールはエルヴィン達を撃破する為の戦いに参加したのだ。


 しかし、結果は、復讐できずの、更なる復讐根拠の増加である。馬鹿馬鹿しい結果にも程があるだろう。


 岩肌で怪我をしたらしく拳から血が流れるが、怒りで痛みすら忘れるトゥール。それに、伝令の兵士は戸惑った。



「大隊長、御自身を気付けるのは御止め下さい!」



 心配する伝令に対し、(ようや)くトゥールは手の怪我に気付いたのか、怒りを再び沈め、壁から手を離し、痛みの走る拳を(さす)る。



「すまん、こうでもせんと収まらんくてな」


「いえ、それよりも直ぐに手の怪我を治療しませんと!」


「そうだな、頼む……」



 軽く会釈し、去って行く伝令を、トゥールはふとまた呼び止める。



「すまん、貴官の階級と名は何だったかな?」


「第1中隊所属のブノワ・アングレッド。軍曹です」


「下士官か……なら、貴官を副官代理に任命する。他に適任を探すのも面倒だ」


「余り、嬉しさを感じないのですが……」



 肩を落とすアングレッド軍曹に、トゥールは沈んだ心を慰める様に、大袈裟な笑いを浮かべるのだった。




 台地から部隊に戻った狙撃兵達。その中に、ガンリュウ少佐を撃った猫人の少女も居た。

 彼女は壁に寄り掛かって地面に腰掛けると、首に掛けたロケットの中の写真を眺める。



「ん? 何だ? 家族の写真か?」



 横から、これも若い男の兵士が、彼女のロケットの写真を覗き込む。



「お前と写ってるのは……父親と、もう1人が年齢はお前の少し上ぐらいだと見て……兄か?」



 うむと考え込む男を他所に、猫人の少女は、咄嗟にロケットを閉じ、首に戻して立ち上がる。



「何だ? 気に触る事でも言っちまったのか?」



 男の言葉に何も返さず、沈黙を保ちながら去って行く猫人の少女に、男はやれやれと肩をすくめると、諦めて別の仲間の下へと向かう。



「たく、可愛気の無い女だな。クスリとも笑わず、かと言って怒りもしねぇ。仲間と仲良くしよう、と少しは思って欲しいんだがな」



 戦場に居る以上、いつ死ぬか分からない。だからこそ、仲間達と仲良く過ごし、最後は笑って死ねる様にしたい、というのが男の願望だった。


 それを強引に共有しようとは思わないが、やはり、仲良くしようともせず1人で居る少女を見付けてしまうと、痛々しく見えてしまうのだ。



「孤独に戦場で死ぬ、なんて悲しい話にならなきゃ良いが……」



 男はそう心配しながらも、別の仲間に声を掛けられたので其方(そちら)に向かい、戦友達との活気ある交友を始めた。


 ちょっかいを掛けてきた男も居なった猫人の少女。彼女はふと立ち止まると、またロケットの中の写真を眺める。



「お兄ちゃん……」



 悲しげに震えた声。しかし、次に彼女の表情に現れたのは、奴に向ける怒りと憎しみ、恨みに濁った双眸だった。


 兄の仇、鬼人の剣士ヒトシ・ガンリュウへの復讐に燃える瞳が、奴を射殺す為、静かにその灼熱を内に秘めさせていたのだ。

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