7-36 届かぬ勝利
トゥール達の左翼を襲った奇襲。それは、エルヴィンがフュルト大尉等魔導兵に掘らせた横穴から現れた帝国魔術兵達によるものであった。
魔法[ピットホール]により崖に穴を開けさせたエルヴィンは、そこから台地下を進む様に穴を開け続けさせ、敵左翼背後を突ける位置に迄トンネルを開通させたのである。
背後からの砲撃と狙撃を防ぐ為の瓦礫生成も含め、フュルト大尉等魔導兵はかなりの魔力を消費する羽目になり、またしても魔力を空にし途方も無い疲労を感じる事にはなったが。
「考えてみれば地下に穴を掘るより、普通にそのまま台地の崖の壁から横に掘り進んで行った方が楽だよね。簡単な事だったよ」
苦笑するエルヴィン。確かに案としては単純なのだが、単純な策にも気付く頭の柔軟さはやはり見事だと言える。
しかし、やはり単純な策。こんな策にまんまとやられた方はたまったものではない。
「クソッ‼︎ 何たる凡ミスだ‼︎ こんな簡単な事実に何故気付かなかったっ‼︎ 魔法で台地に横穴を開けての脱出など、誰でも思い付く事だろう‼︎」
自分の凝り固まった脳の働きに罵倒を吐くトゥール。長い軍歴を持つ者が陥りがちな事だが、彼等は長い職務に於いて、知識、経験を蓄えて来た。そこから来るのが職務に対するプライドであり、自分が未熟で無くなったと自覚する分、それ等に誇りを持ち、それ等が正しいと疑わなくなる。
よって、新しい物を入れる能力が乏しくなり、純粋な歳による脳機能低下も合わさり発想力もまた低下するのだが、今迄の職務で捨てた策、陳腐で、初歩的で、単純過ぎる策すらも、己が経験から外す為、対処し辛くなってしまうのだ。
今回はそこを運悪く突かれてしまい、軍歴の短い指揮官より効果的に敵の策が機能してしまった訳である。
「左翼の現状は⁈」
「横穴から現れた魔術兵と交戦中! 味方の方が兵数が上ですが苦戦を強いられております! 何せ奴が居ますので……」
「あぁ、居るだろうな。戦っているのは奴の部隊なのだからな!」
奥歯を噛み締め、トゥールは恨み辛みを込めた瞳で左翼を襲う奴等が居る北東を睨む。
「"鬼人の剣士ヒトシ・ガンリュウ"。アジャン中尉の直接的仇がな!」
共和国軍でも上位の実力を誇った魔術兵アジャン中尉をいとも容易く打ち倒し、《武神》と称されるシャルルを相手にして生き残った強者。おそらく、今居る部下達の誰も、直接戦って勝てる者は居ないだろう。
「奴1人だけでも厄介だが、どうやら他の魔術兵も侮れん奴等の様だな」
「はい……全員が、個々で我々の魔術兵を上回っている、との事です……」
鬼人の剣士だけでも頭が痛いのに、他の敵の魔術兵まで強いと聞く。根本的戦術の見直しをせねばならず、敵魔術兵の強さを考慮するだけで大幅な見直しをせざるを得ない。
「中央の部隊は左翼の援軍に回れ‼︎ 残った右翼で峡谷を包囲し、敵の脱出を防ぐのだ‼︎」
指示を出したトゥール。彼は一刻も早い状況収束の為、中央の部隊を引き連れ左翼へと向かうのだが、彼の動きは早過ぎた。
中央と左翼が峡谷出口を射線交差点とした射撃が出来なくなり、包囲網に穴が出来る。
右翼が新たな包囲網を構築しようと動き出すのだが、陣形変形に於いて防御が弱くなるのは戦の定石だ。
この陣形変形の僅かな隙。そこをエルヴィン達は右翼攻撃の好機と見て、残り全軍を率い峡谷から打って出た。
「オリャアアアアアアアアアアッ‼︎」
相変わらず豪快に(上半身裸で)重機関銃を乱射するジーゲン大尉。彼を先陣に次々と敵へ応戦しつつ峡谷から出る帝国兵達は、そのまま左へ方向転換し敵右翼を攻撃する。
前衛部隊をジーゲン大尉がそのまま指揮を執り、その後ろの部隊をロストック中尉が指揮を執った。
ジーゲン大尉が指揮する部隊が右翼軍の動きを牽制しつつ、ロストック中尉が指揮する部隊がその隙に敵側面を突く。最後にエルヴィン率いる部隊が両部隊の援護に回る。
これ等により、正面きった戦いでは兵力差も重なり不利と悟った右翼は、トゥール等本隊と合流しようと動くのだが、これで完全に峡谷の包囲陣は瓦解した。
ここまで来れば最早交戦し続けるなど無駄であり、トゥール少佐は苦々しく決断せざるを得ない。
「総員、撤退する‼︎ 台地の部隊にも直ちに退くよう伝えろ‼︎ 砲の持ち運びが厳しなら破壊しても構わん‼︎」
指示を飛ばし、トゥール達は退路たる中央峡谷へと向かい撤退を始める。
その最中、彼は少し立ち止まりエルヴィン達の居る方向を再び睨んだ。
「またしても負けか。圧倒的優位をいとも容易く討ち破られるとはな……」
ガリッとトゥールは奥歯を鳴らす。
「次こそは貴様等を叩き潰してやるぞ!」
苦々しく吐き捨てた言葉。負け惜しみでしかないが、決意を新たにする意を込め、彼は、目に見えぬ敵に、届く事が無いながらも告げていくのだった。




