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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-35 奇行から

 夜が明け、再び地面に光と陰が伸びた時、トゥール達は再び峡谷への一方的な斉射を再開する。

 弾の無駄使いに見える行為だが、度々こうする事で敵の動きを牽制できるのだ。



「シャティヨン中尉、砲の配置は未だ終わらんのか?」


「もう直ぐ完了するとの事ですトゥール少佐」


「そうか……長く敵地に留まるのも良く無い。早々に決着を付け、退きたいものだ」



 トゥール達は現在帝国軍が事実上占領している台地西側に居る。今の所は、明確には自分達の存在を察知されていないだろうが、居る、という事実には気付かれているだろう。いつ多数兵力で潰しに来るか分からない。



「今日中には決着を着けよう。砲兵隊には配置に着き次第、砲撃を開始するよう伝えろ。伝令による指揮のタイムラグが勿体無い」


「はっ!」



 北東へ去り行くシャティヨン中尉の背を眺めながら、再び銃撃に襲われる峡谷を眺めるトゥール。



「無線妨害が此方(こちら)にも影響を与えるというのがもどかしいな」



 無線通信の利点は、指揮が前線に行き渡る迄の時間を短く出来るというモノもある。


 常時戦況は移り変わる物で、作戦立案から実行まで時間を有し、戦況変化により実行する事が悪手となる、という事態は過去の歴史上にザラに存在した。


 古代戦から近代戦に至る迄、如何(いか)に早く味方に指示を伝えるか、というのは重要事項であり、それを簡単に成せる無線通信は戦争史に於いて革新的発明だと言える。



「文明の利器に感謝すべきだろうが、結局、伝令という古典的な方法が無くなる事は無い。技術、戦術が生まれれば、それに対抗する技術、戦術が生まれ、その繰り返しで結局は初歩的な物に戻る。世界の皮肉と言った所か」



 哲学的な事を述べてはいるが、結局は不安を紛らわす為の愚痴である。

 その自覚はあるらしく、トゥールはキザな事を述べた自分に苦笑した。


 その時だった。峡谷から多数の炸裂音が響き、腹に響く様な崩壊音が轟いたのは。



「ん? 砲兵隊が配置に着き終えたのか? 伝令を走らせてから余り経っとらんが……」



 トゥールが眉をひそめ、少し予測とは違う状況に疑問を浮かべると、別の伝令が彼の下を訪れ、困惑気に告げる。



「大隊長! 敵が自部隊背後の崖を爆破し、自ら退路を断ちました‼︎」


「なに?」



 トゥールは眉をしかめた。



「自らの退路を断った? つまり、部隊東側を瓦礫で埋もれさせ、本隊との通路を遮断したのだろうが……」



 額を人差し指で掻き、考え込むトゥール。明らかに自殺行為としか取れない敵の奇行だが、敵たるフライブルク少佐に自殺願望があるとは到底思えない。



「フライブルク少佐の策には他者から奇行と呼ばれる物が多い。いや、奇行こそ彼の骨頂なのだろう。つまり、これも何らかの勝ちに至る為の策だと考えれば……」



 トゥールは敵の奇行を策だと考える事により目的を悟ろうとしたが、どうやら正しい判断だったらしく、直ぐに思惑に気付く。



「瓦礫を盾に、背後から襲うであろう砲撃と狙撃を防ごうというのか。瓦礫に敵が隠れ、目視で狙いを定められもせんから、曲射砲の標準性能も落ちる。考えたな……」



 勿論完全に防げる訳でな無く、暫くの間は防げるというレベルである。何度か砲撃を浴びせ続ければ瓦礫も崩れるだろう。



「時間稼ぎと見るべきだが、何の時間稼ぎだ? 警戒させるべきか……」



 トゥールは敵が奥に潜ます策略に不快感を感じつつ、味方に指示を伝えようと伝令を呼ぼうとし、途端に聞こえた剣戟音と銃声により口を止めさせられた。



「何だ?」



 トゥールが眉をひそめた時、別の伝令が血相を変えて彼の下にやって来る。



「報告します‼︎ 敵が……敵が左翼の部隊を急襲‼︎ 乱戦状態に陥りました‼︎」


「何だと⁈」



 驚愕に目を見開くトゥール。その筈である。何故なら、敵の唯一の進軍路は味方が包囲しており、峡谷から出て来たならば他の部隊が気付かない訳が無い。



「どういう事だっ⁉︎ 何故誰も峡谷から現れた敵に気付かなかったっ‼︎」


「申し上げます‼︎ 敵は峡谷から出て来たのではありません‼︎ ()()から現れたのです‼︎」


「馬鹿なっ⁈ なら台地上の部隊が気付かぬ筈は無いし、崖を登る際に遮蔽物は無い。それこそ誰も気付かないなどあり得ん‼︎」



 喚くトゥール。彼は敵が台地を登り移動する事も考え、台地の味方に登ってくる敵を警戒する様に伝え、地上の味方に対しても崖を登る何かがあれば撃ち落とすよう命じてある。しかも昨夜は強い月明かりに照らされていた。見逃す訳が無い。


 しかし、次に伝令から告げられた事実に、トゥールは驚愕と共に納得させられる羽目になる。



「敵は台地の上から攻めて来たのではありません。()から攻めて来たのです」


「下だと? 何を馬鹿な……」



 その時、トゥールは瞬時にある可能性に至り、目を見開く。



「まさか……敵は()()()()()()()のか?」


「はい……敵は、峡谷から左翼味方背後に出る()()を台地に掘り、そこから攻めて来たのです‼︎」

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