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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-28 峡谷出口での戦い

 世暦(せいれき)1914年10月6日


 オリヴィエ要塞通信室。そこでジャンは再び中央のテーブルに敷かれた地図を睨んでいた。



「少佐、怖い顔をしとるが……やはり、悔しいのか?」


「悔しく無い訳が無いですよ、准将……」



 敵の思惑を看破したジャンだったが、【解析者(アナライザー)】のスキルを持ちながら結局間に合わず後手に回ってしまった。まして、敵はおそらく情報部でも無い前線士官。怒りが湧く程屈辱に決まっている。



「ここまで不快な気分にされたなど始めだ。このままやられっ放しというのも気に入らん。情報部の俺に情報戦を仕掛けた事を後悔させてやる…….」



 怒りに手を震わすジャン。しかし、その口元は何処か楽し気に緩むのだった。




 峡谷出口に防御能力を補強した陣を形成した帝国軍だったが、その甲斐はあったらしく、遠目ながら敵本隊の接近を確認する。



「来たか!」



 オリヴィエ要塞に引き返し、十分な兵力のまま防御に回られる可能性があったのを考えれば、防御戦を敷ける優位な状態で敵兵力を減らせる今の状況は、エッセン大将やクレーフェルト大将達にとって喜ばしかった。



「オリヴィエ要塞の強固な防衛能力に加え、アレだけの戦力まで相手にするなど、最早要塞攻略は無理だと言われている様なものだ。出来るだけ此処(ここ)で削っておきたいな」


「そうですね……幸い、此方(こちら)は敵との間に塹壕を掘り終え、台地にも10門近い軽砲を配置しておきました」


「敵が台地から砲を潰しに来るかもしれん。魔術兵を配置すべきだろうな」


「参謀長の助言で2個大隊規模を既に配置済みです。大砲防衛には十分かと」


「よしっ! 憂いは無い……全軍、臨戦態勢を取れ! 塹壕を活用しつつ陣を守り抜くぞっ‼︎」



 エッセン大将の命令の下、兵士達は、通常兵は小銃を握り、魔術兵は剣を握り、魔導兵は杖を握って慌しく右往左往と駆け回る。


 半数近くの兵は塹壕へと身を潜め、1部兵士は台地上に設置された砲付近に、残り兵士は事務要員及び野戦病院での治療、予備戦力としての仕事が与えられた。


 そして、全員が配置に着いたと同時に、全員が口を閉ざし、緊張感を漂わせながら場を沈黙が支配する。


 着々と近付く戦いの足音。それは共和国軍本隊から奏でられた突撃を示す笛の音と共に始まる。


 最初は未だ沈黙。しかし、音は次第に大きくなって行く。


 地を響す足音、空気を震わす雄叫び、何より、射程距離に入った途端に鼓膜を指す銃声。


 それが帝国兵達の聴覚を刺激した瞬間、帝国軍からもまた、銃声及び砲声の組曲が奏で始められた。


 共和国軍と帝国軍による武器を楽器とする残虐な演奏会は、銃声と砲声に混じって、途中から剣戟音も加わり、戦いを混迷へと誘う。


 敵を撃ち殺し、敵を斬り殺し、敵を焼き殺す。


 正に殺戮という歌劇が披露される戦場で、一際異彩を放つ存在が《剣鬼》ガンリュウ少佐であった。


 彼は部下達を引き連れ、塹壕に突入して来た敵の首を片っ端から飛ばし、それ以外は胴をぶった斬り、手足を斬り落とし、肋骨を撫で斬りにし、多数の敵を絶命させる。


 その姿は再び返り血に染まり、紅き鬼の姿を敵味方共の脳裏に、畏怖と恐怖を練り込み植え付けた。



「また軍服を洗わなければならん。面倒だ……」



 周りの反応とは真逆にそう嘆息するガンリュウ少佐。換えの軍服を持たない彼は、返り血が付く度に軍服を手洗いせねばならないのだ。


 一見、呑気な呟きにも聞こえるが、真意では人殺しに対する罪悪感が過分に含まれている。


 ガンリュウ少佐の活躍もあり、その後、共和国軍は一時後退し、帝国軍は初戦を勝利で締め括る事になる。

 味方犠牲者約500に対し敵犠牲者約1400人に上る大勝利であった。




 初戦の勝利。しかし、5倍以上の兵力差もしくは内部の裏切りが無ければ、防衛戦など初戦は防衛側が勝利して当然である。


 だからこそ、兵士の勝利に浮かれる陽気さは薄かったし、歓声も僅かな声量で、極短時間で鳴り止んだ。



「オリヴィエへの道は遠いね……」



 塹壕から敵本隊を双眼鏡越しに確認しながら、エルヴィンは溜め息を(こぼ)す。



名も無き(ナームンロース)平原(・イーブネン)爪痕(クラッツシュピューア)峡谷(・シュルフト)。峡谷突破後の敵本隊の襲撃。はぁ……なんでこう、戦いっていうのは続くんだろう……」



 戦う度に兵士が死んで行く。帝国軍が侵略戦、共和国軍が防衛戦を展開し続けるのだから戦いが終わる事などない。まして、相手は祖国を踏み荒らされつつあるのだ。帝国軍が撤退せぬ限り両者から戦意が失われる事は無いだろう。



「泥沼の戦いだな……両国はこの戦いが無価値と未だ気付かないのだろうか……?」


「大隊長!」



 〔北方戦争〕と呼ばれる無駄に続く戦いを憂いていたエルヴィン。しかし、背後から聞こえた少女の声へと思考と表情を戻し振り向く。



「シャル、どうしたんだい……?」


「頭……」


「頭?」



 恐る恐る何かを伝えようとするシャルに、エルヴィンは指摘された頭を右手で触り、その右手に何か付着したらしく、それが何なのか視界で確認する。



「血だ……いつの間にか(かす)ってたのか……」


「大隊長、直ぐに手当てしないと!」


「良いよ。大した傷じゃ無いし」


「駄目です!」



 珍しか彼女の強い言い方に、エルヴィンは少し気圧される。



「ただでさえ此処(ここ)は汚い場所なんですよ? 傷口にばい菌が入って化膿したら大変です!」


「いや、そんな心配しなくても……」



 ジッと此方(こちら)を圧を込めて見詰めるシャル。治療を受ける気になるまで諦めるつもりは無さそうである。



「分かった……受けるよ……」



 最後は根負けし、エルヴィンが諦め気味に肩を落とすと、シャルは満足そうに慈愛を含んだ笑みを(こぼ)すのだった。

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