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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-24 裏の裏

 共和国軍本隊。部隊を3つに分け各峡谷を封鎖し、台地の上にも兵を配して、侵入して来た敵に大打撃を与えようと画策していたペサック大将は、中央峡谷に司令部を置き、帝国軍が袋の中に入るのを待ち構えていた。



「長期戦の華麗さも無い長期戦とはなったが、勝利は硬い。出来ればこの手で撃破したいが……」



 下等な鉱人(ドアーフ)大将ストラスブールを出し抜くには、自分が優れた司令官だから勝った、と示す必要があった。だからこそ、敵に対し補給限界や兵力低下による撤退ではなく、全面崩壊、司令官戦死による勝利が欲しいのだ。


 そう決意を固める彼の下へ、情報参謀が血相を変え駆け込んで来た。



「閣下、敵通信から重大な事が判明しました!」



 情報参謀の話はこうだった。敵暗号文から敵が峡谷でも南の迂回路でも無く、海上からの迂回路を使用し、明朝に此方(こちら)へ攻撃を仕掛け様としているらしいという事だ。



「何だと‼︎ そんな馬鹿な筈があるか‼︎ 海上を進むなら護衛艦隊と揚陸戦が海上から運ばれる筈。海軍の巡視船がそれを察知していないというのか‼︎」


「海軍の哨戒(しょうかい)網も万全とは言えないでしょう。見落とした可能性もあります」


「クソッ! 海軍の馬鹿供が! 直ぐにルミエール・オキュレ基地へ連絡! 哨戒(しょうかい)を厳にするよう伝えろ‼︎」



 情報参謀に指示を飛ばしたペサック大将は、背後の足を引っ張る無能供に怒りを表すが、それ以上に迫ってくる敵の方が気掛かりであった為、思考をそちらへ移す。



「このままでは背後を突かれて大損害を被る。一刻も早く、海上からの敵を迎え撃つ準備をせねば」



 苦々しく西方の見えぬ敵を睨むペサック大将。耳に入って来る不快な敗北の足音に、彼は憤りを感じざるを得なかった。




 オリヴィエ要塞通信室。そこでジャンは未だ地図とメモと睨み合いを続けていた。



「海路を使った侵攻。本当にそうだろうか……?」



 先程ペサック大将に告げられた情報。それはジャンが解き明かした物ではなく、報告した大将麾下(きか)の情報参謀達が帝国軍の通信から直接解析したものであった。


 ジャンは、出した結論に何かしらの違和感を感じ続けており、本隊へ報告しなかったのだ。



「筋は通っている筈。だが……何故こうも何かが詰まった感覚が続く?」



 地図を睨むジャンは、ズレた眼鏡を中指で直す。



「海路を使うのは此方(こちら)も思い付かなかったが、考えてみれば妥当だと言える。そう、妥当な筈だ……」



 何か引っ掛かる。こんな単純な話では無いと【解析者(アナライザー)】と勘が告げている。



「このまま行くのは不味い気がしてならない……」



 少し唸り、また眼鏡の位置を中指で直すジャン。


 すると、通信兵の1人が何かを捉える。



「少佐!」


「また敵からの通信か?」


「いえ、今度は味方本隊からです」



 通信兵からメモを受け取ったジャン。今度は味方の暗号文であったが、これも【解析者(アナライザー)】で瞬時に解読した。



「ルミエール・オキュレ基地に於いて、海上哨戒(しょうかい)を厳にされたし。敵進軍路となる恐れあり、か……本部の情報参謀も敵通信の意図に気付いたのだろうな」



 本部の情報参謀も優秀だと賞賛を(こぼ)しながら、ジャンはやはり突っ掛かりが取れず、更にそれが喉で食い込んだ気分になる。


 彼はズレた眼鏡を中指の直し、メモと地図を再び睨む。



「そもそも、何故こんな下らない伝聞で悩まねば…………()()()()伝聞?」



 自然と口走った言葉。しかし、これがジャンの突っ掛かりの根幹を晒すに値する重大な証拠となり得た。



「下らない……この伝聞は下らないのか……最初は此方(こちら)を混乱させる為の欺瞞(ぎまん)と思ったが……まさか本当に欺瞞(ぎまん)じゃないのか? じゃあ、俺が引っ掛かった突っ掛かりは何だ……」



 下らない。この単語こそが手掛かりだと思ったジャンは、そこから派生出来る言葉達を呟く。



「下らない。馬鹿馬鹿しい。無価値。無意味……無意味……….…」



 無意味という言葉。それに辿り着いた瞬間、ある固有名詞を瞬時に思い出し、それから一気に【解析者(アナライザー)】により頭の中を膨大な情報が駆け抜け、全ての糸が繋がった。



「無意味。ヒルデブラントの時、奴は一見無意味とも取れる行動を行いながらも、結果的にそれが重大な布石となった。そう、これは奴による物だ……だったら、いや……まさか……そうか! そういう事か‼︎」



 ジャンの目は驚愕で見開かれ、予測を確かめる様に、彼は4枚のメモを睨み、そして、苦々しく奥歯を噛み締めた。



「引っ掛かっていたのはこういう事だったのか! 敵は"事実と嘘を織り交ぜて"此方(こちら)に伝聞を流していたのか‼︎」



 帝国軍が流した4つの伝聞。それ等は噛み合っている様で噛み合っていなかった。


 3つ目の伝聞、突入準備完了。しかし次の4つ目には2106時にて待つ、と示されている。海上を運ばれて行くならば突入という言葉の使い方はおかしい。ワザワザそんな物を入れずとも準備完了で良い筈だ。


 つまり敵は、"海路を使う気は無い"。よって4つ目の伝聞は欺瞞(ぎまん)と考えられる。



「海路を使う気は無い。そもそも、海路を使って侵攻した場合、どの道峡谷が塞がれているのだから陸の退路が無い上、共和国軍本隊と接敵した時点で第2艦隊で海路の退路まで塞がれる。こんな危険を犯す訳がない!」



 敵が海路を使用しないと言うならば、敵の進軍路は3つの峡谷か南の迂回路。だが、ワザワザ危険な南の迂回路を通るとは考えられない。つまり、3つの峡谷の内どれかとなる。


 本隊が全て塞いでいた3つの峡谷進軍路。しかし、現在、それはおそらく崩れさせられた。


 "先程の、海路からの侵攻を示す敵通信によって"



「敵の通信は、此方(こちら)の解析完了を意図した物だ。その思惑は、"海路から来るだろう敵迎撃に、此方の兵を配させる為"。その兵力はどうやって集める? 当然、"峡谷を塞いでいる本隊からだ"‼︎」



 ジャンの奥歯がガリッと不快音を鳴らす。



「敵の伝聞は"本隊を峡谷から引き剥がす罠"だったのか‼︎」



 エルヴィンの立てた策。それはジャンが看破した通りである。


 峡谷から敵を引き剥がす為、海路侵攻の可能性を匂わせた伝聞を、信憑性を上げる様に本当の報告を活用して敵へと送り、兵が減った峡谷を悠々と突破する気だった。



「直ぐに本隊へ連絡‼︎ 敵の進軍路は海にあらず! 峡谷であると‼︎」



 ジャンの指示を受けた通信兵は直ぐに本隊へと連絡をするが、この時点で彼の緊張の糸は(ほど)けていた。



「敵は明日の朝仕掛けてくる。おそらく既に本隊は峡谷から大多数の兵を引き上げさせているだろうが……間に合いそうだな」



 安堵の吐息を(こぼ)すジャン。しかし、またも【解析者(アナライザー)】によりその安堵は潰される。



「待て……何故、敵の攻撃が()()だと考えた? アレだって欺瞞(ぎまん)の可能性があるんだぞ! いや、そもそもSとは何処を指した……」



 この時、ジャンの目が再び驚愕と共に見開かれる。



「Sとは、本当にSÜD(ズュート)の頭文字から取ったものではないのか? だとすれば……不味い‼︎」



 この敵、ジャンは(ようや)く、既にエルヴィンにしてやられたという事に気付いた。

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