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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-22 爪痕峡谷

 被害報告を聞きながら、木陰ではあったが野晒しの下、周りの兵士に周辺警戒をさせながら、今後の対策を立てるエッセン大将とクレーフェルト大将。敵の動向を探らせていた伝令の報告も聞き、エッセン大将が腕を組み、唸る。



「そうか……名も無き(ナームンロース)平原(・イーブネン)に敵は居なかったか……」



 兵数が物を言う平原に敵が居ない。一見、数の劣る帝国軍に有利と見れる報告だったが、依然2人の表情は険しかった。



「短期決戦で、此方(こちら)を殲滅する事を諦めたのだろうが……これは逆に面倒かもしれん」


爪痕(クラッツシュピューア)峡谷(・シュルフト)、ですか……」



 爪痕(クラッツシュピューア)峡谷(・シュルフト)。これもまた勇者と魔王の伝承に由来する地であり、大陸有数の台地が巨大な獣に引っ掻かれた様に削られ、西から東へ通る3つの峡谷が出来た場所である。その3つが合わさった爪痕の様な姿から、称して爪痕(クラッツシュピューア)峡谷(・シュルフト)と呼ばれていた。


 言い伝えによれば、この台地で起きた魔王軍四天王の一角《龍王》と勇者率いる英雄の1人《軍神》が一騎打ちを行い、その際の龍王によるブレスで台地を削ってこの様な峡谷が出来た、と言われている。


 この峡谷で問題となるのが、各峡谷共に道幅が狭く、大規模な兵力展開を行えない点である。

 つまり、名も無き(ナームンロース)平原(・イーブネン)とは逆に兵力を活かせ無い場所であり、少数兵力による大軍の足止めが可能となる。防衛戦において絶対的優位を誇れる地点なのだ。



「道幅が狭く、また隊列が伸びてしまう上、台地上からの攻撃さえあり得る。敵が峡谷で道を塞ぎ足止めしている中、上から砲撃、魔法、銃弾の雨など寒気がするわ!」


「しかし……通らねばオリヴィエには辿り着きません!」


「いや、台地を大きく南に迂回すれば行けるだろう。我々は今迄北の道を進んで来たのだからな。だが……南となると完全な敵地に入る。南部は未だ9割しか占領しとらん」


「だから北のオリヴィエ侵攻ですか。南のローランへの道は、草刈りが全く進んでおらず、毒草で溢れている訳ですから……」


「それもあるが、此方(こちら)の制海権確保も念頭に入れとるだろう。ヒルデブラントと同じく、海を睨んどる要塞だからな」



 さほど関係の無い話に迄発展してしまった2人。それ程に直視したく無い現実が眼前に横たわっていたのだ。

 しかし、目を逸らした所で避けられるモノでも無い。



「そろそろ話を戻すか……如何(どう)やってこの峡谷を通過するか、だな……」


「部隊を3つに分けて同時に進みますか? もしかすれば敵も3つ全てを警戒している訳では無く1、2部隊は突破出来るかもしれません」


「安直だな。1部隊を犠牲にすればそれだけ兵力も減る。要塞攻略の為にも兵は温存したい。更に、敵が全峡谷に兵を配している可能性の方が高い」


「なら、此方(こちら)から台地を登って侵略するというのは?」


「台地の斜面は直角だ。崖登りせねばならんから時間が掛り過ぎる。大砲を初め、ある程度の装備は捨てねばならんぞ? 特に大砲無しでは火力が格段に落ちる」


「そうですか……やはり、私ごときの智謀ではこれが限界ですね……」



 自分の策略家としての無能さにほとほと呆れるクレーフェルト大将。しかし、軍に入った当初に比べるとかなりマシになっている。



「さて、どうするか……全軍で1峡谷を通れば足止め、台地からの攻撃で大規模な損害を受ける。かといって3峡谷同時に通った所で、全通路に敵が兵を配している可能性は高く同じ末路だ。南への大きく迂回などは論外だろう」



 腕を組み、思考を巡らすエッセン大将。オリヴィエ要塞前の最大の難所を相手に、彼の脳に策略が浮かび上がる気配すら無かった。


 この状況に至り、彼の脳裏には、代わりにある士官の姿が浮かび上がる。



「そろそろ頼るしか無いか……」



 エッセン大将は近くの兵士に目を向ける。



「おい! 第11独立遊撃大隊のフライブルク中佐を呼んで来てくれ!」



 兵士は黙って首肯すると、敬礼し、エルヴィン達の下へと駆けた。


 そして、暫くして兵士からその事を聞いたエルヴィンは、キョトンと自分を指差して再確認すると、ガンリュウ少佐に視線を向け首を傾げる。



「何の用だろう……?」


「俺に聞いてどうする。俺はエッセン大将ではない。取り敢えず行ってみる事だ。その際、副官は連れていけ」



 尤もな返しにエルヴィンは苦笑を(こぼ)すと、プフォルツハイム伍長を連れエッセン大将達の下へと赴いた。



「失礼します! エルヴィン・フライブルク中佐、閣下の命により参上致しました!」


「久しぶりだな中佐。そう堅苦しくせんでも良い。楽にしてくれ」



 エッセン大将に促されたエルヴィンは、大将との再会を少し喜びつつ本題に入ろうとするが、もう1人の大将が此方(こちら)を興味津々に眺めて来た。



「クレーフェルト大将、小官に何か……?」


「貴官がヒルデブラントで帝国軍を勝利に導いた立役者か」



 何故かバレている自分の功績に、エルヴィンはおそらく漏らしたであろう元凶エッセン大将に、静かに視線を向ける。



「エッセン大将……」


「そんな非難気味な目で見るな……約束を反故にしたのは悪いと思ってるが、そもそも隠してはならん事実の筈だ。信頼の置ける者に話すぐらいは許して貰いたいものだ」



 肩をすくめるエッセン大将に、エルヴィンは文句を言うにはそれに対する正当性を持ち合わせていない為、過ぎた事へ諦め気味の嘆息を(こぼ)すだけに(とど)める。



「そろそろ本題に入りましょう。単刀直入に、小官が呼ばれた理由は何でしょうか……?」


「そうだな……貴官を呼んだのは、恥知らずで悪いが、知恵を借りたいからだ」



 エッセン大将は苦笑を(こぼ)した後、爪痕(クラッツシュピューア)峡谷(・シュルフト)と南の迂回路。これ等の進軍路に於ける問題点を洗いざらい話した。



「それは……八方塞がりですね……」



 悩まし気に頭を掻くエルヴィン。彼から見ても、どの道を通っても接敵し、強固な守りを敷かれ、此方(こちら)に多大な犠牲が出るのが目に見えている。おそらく、オリヴィエ要塞を目にする前に撤退する羽目になるだろう。



「3峡谷全て兵が配置されていると見て、峡谷の突破は難しい。南を通るにも完全なる敵地となるので危険。道が無いですね……」


「貴官もそう思うか……?」


「ええ……()()()()()()()()しかないでしょうね……」



 その言葉に、両大将は驚きに目を丸くする。



「道を作る、だと……?」


「はい」



 エルヴィンが作戦の内容を両大将に話した後、クレーフェルト大将は口を開けたまま塞げられず、エッセン大将の口元には楽し気な笑みが浮かぶのだった。

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