7-21 彼の習慣
戦いが終わり、死体を収容し始める帝国軍。木々や草花には飛び血が、死体があった場所には血の池が小さく残っている。
そんな戦いが生んだ産物を眺めながらエルヴィンは、副官代理の1人、女性下士官スージー・ビーレフェルト軍曹からの報告に耳を貸す。
「部隊の死者は8名。負傷者は52名ですが、内8割は軽傷です」
「そうか……8人か……」
エルヴィンは一瞬、悲し気な表情を浮かべるが、直ぐに元に戻す。
「他の2人はどうしたんだい?」
「プフォルツハイム伍長は書類仕事、メールス一等兵は兵士の治療に当たっています!」
インゴルフ・ツェザール・プフォルツハイム伍長。ビーレフェルト軍曹と同じく副官代理を務める壮年男性である。
「そうか……なら、君も伍長の手伝いに回ってくれ。私は少しぶらつくよ」
「しかし……護衛ぐらいは……」
「良いよ。今迄だって1人行動して問題は無かったし、幸い近くは味方だらけだ。そう遠くに行く訳じゃないしね」
「承知しました……ですが、あまり長引かせずに」
「分かってるよ」
敬礼し、去って行くビーレフェルト軍曹を眺めた後、彼はある場所を目指し歩いて行く。
エルヴィンが目指す場所。そこは、独立部隊の負傷兵達も治療を受けている第11軍団の野戦病院。その目と鼻の先に隣接されている死体安置場であった。
死体安置場に静かに入って行くエルヴィン。その姿をシャルやイェーナ軍曹は目撃していたが、治療に集中すべき時だと、何より彼の習慣を邪魔すべきではないと、目を伏せながらも見て見ぬ振りを貫く。
死体安置場。そこには当然、麾下だった8人も安置されており、彼等は白いシーツを被せられ、1列に並べられていた。
エルヴィンは白いシーツを上げて死体を確認する事は無く、近くに立ち、彼等の隠された亡骸へ暫く黙祷を捧げ、彼等との僅かな日々を思い出し感傷に浸ると、目を開け、吐息を吐き、気持ちを切り替える。
この一連の動作は、部下に死者を出した時に行う彼の習慣だった。
死んだ仲間を悼んで、と言えば聞こえは良いが、要は只の自己満足である。それは当人も自覚している。
しかし、それでもやる価値は彼にとっては十分にあった。
部下1人1人の死を嘆き続ける事で、彼は部下を数で見れなくなり、消耗品としてでは無く、生きて帰すべき者達という認識を持ち続けられる。
エルヴィンは指揮官である以上、部下を効率よく消費して勝利などの利益を得ねばならず、自然と兵士を只の道具と認識してしまう。
だからこそ、こうやって兵士を身近で感じる時間は必要だった。自分が殺戮者と呼ばれ無い様に。
「本当に、戦争というのはロクでも無い……それに踊らされ、人殺しを命じる私も言えた義理ではないけど……」
呟き、自虐的に苦笑するエルヴィンだったが、次に零し掛けた言葉に、直ぐにその笑みを消した。
「あんな策を立てなければ良かった」など、口が裂けても言ってはいけない。
彼はやはり指揮官だ。今迄の決断を「もっとこうすべきだった」と後悔はしても、間違いだったとは決して言ってはいけなかった。
それは、死なせた味方を、敵を、無駄死にだったと嘲笑う行為なのだから。
「さて、そろそろ戻ろう……」
今度は少し、寂しげな笑みを浮かべたエルヴィン。いつになっても、やはり仲間の死には慣れない。慣れてはいけないのだが、この状態では罪悪感が重くトン単位で押し潰してくるのだ。
全身に重い枷を嵌められた気分のまま、彼は安置場を後にする。
すると、外に出た彼の眼前に、コーヒー入りカップを持ったシャルが佇んでいた。
「大隊長……これ、良かったら……」
そう言ってカップを足し出すシャルに、エルヴィンは微笑を向け受けとると、彼女は軽く御辞儀をして、野戦病院へと戻っていった。
おそらく彼女は、元気の無いエルヴィンを気に掛け、少し休憩を貰い、労う為、安置所前で彼を待っていたのだろう。元気付けるに足る言葉を持たなかった故、一休み用のコーヒーを渡したのだ。
彼女の優しさにエルヴィンは少し嬉しそうに微笑を浮かべながらも、その笑みには少し苦笑も混じっている。
「あからさまに元気無かったかな……?」
アンナが居ない事実に苦渋していた時もそうだが、どうやらエルヴィンは感情を隠すのが苦手らしい。
怒りにしても、隠すというより押さえ込んでいたという方が正しいのだろう。
新たな自分の弱点を見付けた事に、エルヴィンは再び苦笑を零すと、受け取ったコーヒーに口を付け、空を見上げる。
「甘い……」
前とは逆に、今度は少し砂糖を入れ過ぎたらしいコーヒーだったが、エルヴィンは明確な文句は言わず、全て飲み干した。
まだ犠牲は出続ける。戦いは漸く序章の半分が終わったに過ぎず、未だ本章にも辿り着いていない。
そして、序章にもまだ難所が残っている。
それを思い、エルヴィンは犠牲を少なくする為頭を巡らせる。これについては、シャルの砂糖の入れ過ぎは良かったかもしれない。
甘さが彼の脳疲労を和らげ、多少働き易くなったのだから。




