表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
332/450

7-15 アンナの代わりに

 夜の(とばり)が下された頃、行軍を停止し、少し拓けた場所で、第11軍団は野営陣地を設置した。


 そして、簡易的に作られた陣地である為、簡易的な小さな机で、また心の穴を埋めるようにエルヴィンは書類を片付ける。



「今日は、居ない筈のアンナに書類を渡す、なんて真似はしないな……」



 そう考え、黙々とペンを走らせるエルヴィンだったが、一定の束積み上がった書類をまた右手前に差し出しそうになり、ふと手を止める。



「あ〜っ‼︎」



 エルヴィンは書類を下ろすと、再び苦々しく顔をしかめ、頭を掻き毟った。



「まったく情け無い……本当に情け無い‼︎ たったこの程度の事で根を上げるなんて……」



 エルヴィンはまたふと自分の言った内容に違和感を覚え、自然と否定してしまう。


 アンナが側に居ない事をこの程度と言って良いのだろうかと。


 エルヴィン自身も気付いている。こう疑問に思ってしまう自体が、この自分の有り様を作る原因なのだと。割り切れない時点で、彼女に依存し過ぎている証拠なのだと。



「何をやっても、居ない筈の彼女、その存在を嫌という程感じてしまうな……」



 書類を片付ける以外でも、仲間と交友する時、いつもは長引かせて仕事をサボり、アンナに連れ戻される、そんな情景を思い出してしまい、また別にポッカリと穴が空いてしまう。


 書類仕事に没頭している方が幾分かマシなのだが、微々たる差でしかなさそうだ。



「アンナが永遠に居なくなった訳じゃないんだけどな……まるで寂しがり屋の子供じゃないか」



 何とも幼児臭い自分の精神に、エルヴィンはバツが悪そうに顔をしかめ、頭を掻いた。



「はぁ……これじゃあ身が入らない。気晴らしに散歩でもしようかな……」



 悩んだ時、エルヴィンはよくブラブラと散歩する。歩きながら考えを巡らす方が、頭が上手く回るからだ。


 実際、それでエルヴィンは良く妙案を思い付き問題解決に至っている。


 今回も、そんな風に解決出来る事を願い、立ち上がって、テントを後にしようとするのだが、その前にガンリュウ少佐が訪ねて来た為、机の隣で立ち止まる。



「少佐、何か用かい? もしかして副官が決まったのかな……?」


「そうだ、やっと決まった。お前に決める気も無いから苦労したがな」


「私が原因みたいな言い草だね。間違ってはないけど……」



 実際にエルヴィンは、代理の副官に興味は無い。誰が来た所で同じであり、アンナの代わりにはならず、仕事を任せる事務要員になるだけだと分かっているからだ。



「じゃあ、早速その副官代理に会うとしようかな」


「いや、副官()だな。流石にフェルデン中尉並みの事務処理が出来る奴が居なかった。2人付けておいた方が良いだろう。士官を引き抜くのは無理だから下士官だがな」


「そうか……まぁ、仕事が出来そうなら良いよ」


「なら良い」



 話に終始興味無さげなエルヴィン。それに嘆息を(こぼ)すガンリュウ少佐だったが、まだ話しの続きがあるらしい。



「後1人、副官……というより、側付きに近いが、選んでおいた。事務的な事は無理だが、コーヒー淹れや雑用はこなしてくれるだろう」


「アンナにでも聞いたのかい? 私の生活能力の低さ……」


「そう言う訳では無いが、今のお前には従者代理も必要だろう。本当は、こんな貴族の特権に手を貸したくは無いのだがな……」



 乗り気では無い様子のガンリュウ少佐だったが、何故か、何処(どこ)かちょっと楽しそうである。



「先にその従者代わりの子を連れて来たが……」


「いや、良いよ……事務方面の者達だけで……従者代理なんて無駄だろう?」


「じゃあ、ワザワザ帰せというのか? 取り敢えず会っておけ」



 そうして天幕を開き、少佐は代理の子を招き入れる。


 エルヴィンはその様子を、やはり興味無さげに見ていたのだが、代理の子、彼女の姿を見た瞬間、驚愕に目を見開き、生気の欠けた表情を一変させた。



「ほ、本日付けで、大隊長の従者代理となりましす、シャルロッテ・メールスです……あっ、メールス一等兵であります! 宜しくお願いします! ……致します‼︎」



 緊張しているらしく、噛み噛みの台詞で、ぎこちない敬礼を向けるシャルに、状況を飲み込めないらしいエルヴィンは、ガンリュウ少佐へと問いただす。



「一体どういう事だい? 何故、彼女が此処(ここ)に……?」


「言っただろう? 従者代理を連れて来たと。彼女がそうだ」


「でも……彼女、士官どころか下士官ですらないし……」


「従者に階級が必要か?」


「グッ!」



 ガンリュウ少佐に痛い所を突かれ、エルヴィンは気圧されるが、直ぐに立て直す。



「彼女の意思はどうなんだい? 彼女自身が嫌だったら駄目だろう!」


「俺が無理矢理連れて来る様な薄情者とでも?」


「はい、違います……ごめんなさい…………」



 ガンリュウ少佐に睨まれたエルヴィンは、流石に彼と言葉で戦っても無駄だと、肩を落とし、シャルへと視線を向ける。



「君は良いのかい……? 衛生兵小隊の仲間達と、少しだけだけど離れる事になるけど……」


「私は大丈夫です。逆に、とても光栄です!」



 それはさも喜びに満ちた笑顔を向けられ、エルヴィンはまた気圧されながらも、別の口実を探し出す。



(ちな)みに、衛生兵小隊の奴等からも許可は取ってある。数人が明らかに恨み辛みを叫んでいたが……お前の為だと言ったら、苦々し気ではあったが承諾してくれた」


「けど……」


「彼女の治療技術も聞いている。必要な時に衛生兵小隊に戻らせれば問題ない」


「じゃあ……」


「何でそんな頑なに嫌がるんだ? 問題は無い筈だが?」



 尤もな疑問を突き付けられたエルヴィン。何故、と聞かれて答えられる程、彼の理由は言葉にならず、自身で理解していなかった。


 それ以外で断ろうにも、思い付く限りの正当な根拠は全て潰されている。


 そして極め付けは、嫌われていると思ったのだろう、シャルのションボリと耳を倒し尻尾を垂らす姿で、最早彼の逃げ道は完全に塞がれていた。


 エルヴィンは顔をしかめ、頭を掻くと、肩を落とし、諦める。



「わかった……お願いするよ……」



 その瞬間、シャルの顔はバァッと花が咲いた様に明るくなり、横でガンリュウ少佐は、エルヴィンに一泡吹かせられた事に、少し楽し気な笑みを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ