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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-11 彼の問題

 南の村を奪取した第11軍団は此処(ここ)に簡易的な中継基地を作ると、残す部隊を選出し、運ばれて来る補給の集積場所の確認、各小拠点を繋ぐ有線通信用のケーブルを敷くなどの作業に追われ始める。


 そんな中、第11軍団に追随する独立部隊に、第11独立遊撃大隊も混じっており、今回も基地建設は他で人手が足りる為、エルヴィンは自分のテントで自部隊の書類仕事を片付けていた。



「またサボってないな……」



 テントへと入ったガンリュウ少佐は、天幕に手を掛けたままエルヴィンの姿に嘆息を(こぼ)す。



「真面目に仕事している姿で呆れさせるとは、つくづく訳がわからん奴だ……」



 エルヴィンを奇人変人の様に評するガンリュウ少佐だったが、少佐の姿に気付いていないのだろう。エルヴィンは彼の方には目も向けず、書類との格闘を続けている。


 やはり、いつもと違う様子のエルヴィン。それに少佐は痛々しいと言わんばかりに、また嘆息を(こぼ)すと、天幕から手を離し、外からの光度を下げ、彼の眼前に立つ。



「おいっ!」


「ん……? あ! 少佐、居たのかい? すまない、気付かなかった……」


「お前、書類を射殺す様に見てたからな。気付かないのは当たり前だ」


「お! いつもより私は真面目に働いている訳だ。褒めてくれているのかな?」


「大隊長が仕事をするのは当たり前だ。それに、これは褒めたのではない……非難に近い」



 少佐のエルヴィンを見る目が鋭く細められる。



「今迄目を(つむ)ってきたが……もう見てられん。お前、そろそろ限界だろう?」


「限界って……私が無理してるとでもいうのかい?」


「しているんだろう? 真面目に仕事をやっているのが証拠だ」



 ガンリュウ少佐の指摘に、エルヴィンは苦笑を浮かべると、ペンを置き、彼を見詰める。



「真面目にやってるのがそんなに変かな?」


「変だな」


「それだけが変じゃないんだろう?」


「今回のお前の行動、雰囲気、在り方、全てが変だ。いつもなら兵士とトランプなどして友好を深めている筈だが、それも無い。それで流石に兵士達もお前の異常さには気付いている。その原因も大体察しは付いているがな」


「兵士達まで不安にさせてしまっていたのか……これは、隠すのも無駄だね……」



 またエルヴィンは苦笑を、今度は自虐的に(こぼ)すと、吐息も(こぼ)し、物思いに浸る様に目を伏せる。



「大切なモノって……離れた途端に実感してしまうよね。まさか、ここまでとは思わなかったよ……」


「フェルデン中尉……彼女はお前を良く支えてたからな。事務的面、戦い面、精神面……武神との初めての戦いで、取り乱したお前に冷静さを取り戻させたのも彼女だったらしいな。そんな芸当、お前にとっての精神的支柱でなければ成せん筈だ」


「君から見て、私にとっての彼女は、どれ程重要な存在だった?」


「もう1つの命」


「そこまでか……」



 結構恥ずかしい真実を突き付けられ、エルヴィンは照れ臭そうにまた苦笑する。



「つまり、私はもう1つの命を遠く離した訳だ。だから、こんなにポッカリ穴が空いた気分なんだろうね……」


「なるほど……お前は、その穴を埋める様に仕事をしていた訳か。典型的な駄目なパターンだな」


「あははは、手厳しい……」



 4度目の苦笑をするエルヴィンに、無愛想さは変わらず、ニコリともしないガンリュウ少佐の口角だったが、瞳はやはり、少し呆れ気味に見える。


 しかし、ここまで話して、エルヴィンも瞳の色を少し変えた。



「で、君は結局何が言いたいんだい……?」


「代わりの副官を付けろ!」


「嫌だって、前も言ったと思うけど? それに……誰が来たって、アンナの代わりにはならない」


「少なくとも、この書類仕事しかしない馬鹿みたいな行動は緩和出来る」


「私の仕事を減らして、兵士達との交友を回復させる気だね?」


「テントに閉じこもって貰うよりは良い」



 ガンリュウ少佐の指摘は尤もだ。このまま書類仕事に没頭すると、兵士達との信頼関係が築き辛くなる。まして、再編されたばかりだ。少しでも彼等と接するのは重要だろう。



「分かった……代わりの副官を置くよ。人選は……君に任せても良いかい?」


「…….分かった」



 ガンリュウ少佐は少し妙な沈黙の後、只一言承諾を述べ、テントを後にする。


 しかし彼は、エルヴィンへの心配を、やはり消せてはいなかった。


 先程、おそらくエルヴィンは、義務的で仕事的な理由で仲間との交友を図ろうとしていた。いつもなら、只仲良くしたいが為の交友にも関わらずだ。


 ここまで彼を変える程に、アンナの存在は大きく、また、他の誰を副官にした所で、それ自体を治す事は出来ないだろう。



「これは、本当に不味いかもな……」



 この部隊は今迄、エルヴィンのワンマンで戦いを進めて来た場合が多い。ガンリュウ少佐達が活躍しても、結局それ等を盤上で操っていたのは彼なのだ。だからこそ、部隊にとって彼は実務的、精神的主柱でもある。


 そんな重要な柱の形が変わってしまうのだ。これを危惧せずに居る事は、部隊の副隊長として、彼の部下として、仲間として、出来る筈もなかった。

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