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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-9 情報部の戦い方

 世暦(せいれき)1914年9月21日


 サボ砦陥落の報せは、砦の様子を確認していた偵察兵により、オリヴィエ要塞へと告げられる。


 粗方予想通りとはいえ、やはり心中穏やかにはなれない司令部だったが、より苛立ちを露わにしたのは情報部であった。



「サボ砦の馬鹿供‼︎ 偵察もロクに出来んのかっ‼︎」



 怒声を通信室で飛ばした男。オリヴィエ要塞、情報主任参謀ジョゼフ・バニョレ准将であった。


 サボ砦陥落が予定事項というのは共和国でも同じであり、司令部が明確な指示を出してはいなかったとはいえ、接敵する最初の部隊となる以上、戦いながら敵を見定め、兵力などの情報を他の味方に送るのが普通である。


 しかし、砦の兵士達は情報を送るどころか、敵状把握すらせず、敵を撃退するのみに思考を使い果たし、何の理にもならない敗北だけを喫してしまったのだ。


 敵の情報が手に入ると期待していた情報部としては激昂せずにはいられない。



「クソッ! 空軍による上空偵察さえ出来れば、こんな苦労せずに済むんだがな……言っても仕方ないが」



 ガリッと奥歯を噛み締め、無理矢理冷静さを取り戻させたバニョレ准将。よくよく考えればまだ1戦目、次の戦いで、また指揮官が無能でなければ、多少なりとも情報は入る筈だった。



「取り敢えずは心配いらんとしても……我々は暇だな。何かしておきたい所だが……」



 腕を組み、考え込むバニョレ准将。すると、1人の士官が、通信兵に何か耳打ちしている姿が目に入る。



「おいっ!」


「はっ! 何でありましょうか?」


「貴官は確か……新任のブレスト少佐だったな。何してる?」


「はっ! 敵へ情報を流していた所であります!」



 情報を流す。その言葉にバニョレ准将は眉をひそめる。



「貴官はまるで敵スパイの様な事をしたのだな……? ちなみにどの様な情報を流したのかね?」


「はっ! 次に敵が攻めるであろう拠点の兵力情報を、敵に分かる暗号文で流した次第であります!」



 それに、バニョレ准将は驚愕する。



「何を馬鹿な事をしとるんだ‼︎ それでは帝国軍が余裕で村に攻め込むではないか‼︎


「どちらにしても、斥候で兵力を確認してから攻めるでしょうし、あまり違いはありません」



 的確な指摘でバニョレ准将が冷静になったのを確認し、ジャンは通信室中央のテーブルに敷かれた、帝国3要塞と共和国2要塞の間を描いた地図の側へと移動すると、准将もそれを見下ろせる位置に移動し、サボ砦の東にある2つの南北に離れた拠点をジャンが指差す。



「サボ砦を陥落させた敵は、次にこのどちらか、もしくは両方の村を()としに掛かるでしょう。そこで、この村々に居る此方の兵力を教えたのです」


「教えて何になる? さっきも言ったが、只単に敵の侵攻速度を上げるだけだ!」


「この2つの村には距離があり、敵は侵攻軍。それが答えです」



 バニョレ准将の眉は更にひそめられる。彼の意図が未だ読めなかったのだ。


 離れた2つの拠点。そう聞いた時、真っ先に浮かんだのは兵力分断、後の各個撃破だが、そもそもそれをやってのける兵力を此方は前線に送っていない。


 なら何故、敵を分断するのかと考えたが、他に有益と思われる理由は思いつかなかった。


 ジャンのやった事。それをバニョレ准将は無駄にしか見えなかったのである。


 しかし、その様子に気付いたのだろう。ジャンが思惑について語った時、准将の口角がふいに上がった。



「なるほど、そういう事か……情報部として良い仕事をしてくれたな!」



 准将に賞賛されたジャンだったが、眼鏡の位置を中指で直しながら、別段嬉しそうでもなく、鼻を伸ばすでもなく、別の事に思考を巡らせていた。


 まだフライブルク少佐の情報は入らない。初戦でしかない上、この戦場に来ていない可能性もあるのだから当然だが……。


 先程通信兵に耳打ちしてた内容の中身は、情報を流す事と、そして、エルヴィンもしくはフライブルク、或いは森狐からあやかった狐の単語を傍受した場合、前後の暗号文を記録するようにというものであった。


 圧倒的優位でワザワザ彼が出て来る事は無い。フライブルク少佐の情報が入るのは暫く後になるか……それに、別の名で彼を示す場合もある。もどかしいな……。


 エルヴィン対し危機感を募らせるジャン。もし、彼がこの戦いでも戦局全体を動かせる場合、彼の名を示す暗号が通信で流れる可能性が高い。そして、おそらく共和国軍は何かしらの危機的状況に陥る羽目になるだろう。



「考え過ぎだと良いんだがな……」



 シャルルを負かした敵。消す分には申し分な理由だが、早く消すには足りない根拠だ。


 しかし、何故か思ってしまう。未来の共和国を想うなら、直ぐにでも彼を排除すべきだと。

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