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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-8 ファンファーレ

 世暦(せいれき)1914年9月18日


 オリヴィエ要塞攻略軍は共和国により占拠されたサボ砦を眼前に捉えた。


 今回、第10軍団と独立部隊は後方へと待機し、第11軍団のみでの攻略となる。


 これは、エッセン大将が実質的な指揮を()る事によりクレーフェルト大将の功が減る事への対処であり、功を挙げる機会を増やせた事に第11軍団はエッセン大将への感謝と共に作戦立案に励んだ。


 とは言え、サボ砦守備隊の数は千にも満たっておらず、第11軍団のみでの勝利は約束されているのだが、犠牲を少なくするという意味で、幕僚達のやる気も上げる事が出来ていた。


 それにより立てられた策が、第11軍団を5つの集団に分け、交代制で終夜問わずの連戦を行うというものである。


 第11軍団の兵数は約2万8千であり、5つに分けても約5600という敵の5倍以上を有し、砦攻めには敵の最低5倍が望ましいという原則にも沿っていた。


 そして、オリヴィエ要塞攻防戦の序曲。その始まりを告げる開戦のファンファーレが、帝国軍による突撃命令を告げる笛の音と共に奏でられる。



「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 雄叫びを上げ、砦へと迫る帝国軍。その間には、共和国軍による塹壕が敷かれており、重機関銃、軽砲、重砲、小銃、魔法の雨が帝国兵達へと降り注ぐ。


 死神の放つ鉄と炎の鎌々に、帝国兵達は次々と命を狩られて行くが、ヒルデブラント要塞攻防戦の時と比べれば蛇に噛まれる程度に等しい。


 僅かな犠牲に済ましながら、帝国軍は呆気なく塹壕奪取に成功し、残すは砦攻めのみとなるのだが、ここからが本番であった。


 砦より突き出た重砲の数々に奪取した塹壕が集中砲火を受け、帝国軍は身動きが取れなくなってしまったのだ。


 それでも、第1集団を下がらせ、第2集団を前に出す。第2集団を下がらせ、第3集団を前に出すを繰り返し、当初の予定通り、終夜問わずの交代制で敵砦への魔法、小銃を中心とする攻撃を続けた。




 世暦(せいれき)1914年9月20日


 3日続けられた砦攻めだったが、遂に決着が着こうとしていた。


 塹壕に潜みながら、砲火に晒されながら、魔法を砦に放ち続けた甲斐があり、砦の外壁はボロボロ。敵重砲も大半が破壊され、守備隊の疲労は最早限界。砦側の戦闘継続能力がゼロに達しつつあったのだ。


 その隙を当然、帝国軍は見逃さなかった。


 5集団の内、実に3集団を一気に砦攻めに投入したのである。


 魔導兵による炸裂系魔法の応酬と、工作兵による壁の爆破工作により、砦の外壁に穴を次々と出現させると、その隙間から、帝国軍は大挙して内部に突入していった。


 そこからの展開は早く、帝国軍は僅かな抵抗を排除しながら砦内部を次々占領し、突入から23分後に、サボ砦の奪取に成功する。


 しかし、両大将に喜びの声は無い。


 まだ本曲前の序曲の第1楽章、その1節目でしかなく、遥か先で泥沼の激戦が待っているからだ。


 本当なら、そんな1節目に3日も掛けたくはなかった。侵攻軍は時間を掛け過ぎれば補給の問題を作りかねない為である。


 かといって早く進軍し過ぎれば、補給線に問題を作りかねない。強固な補給線構築には時間が必要なのだ。


 侵攻とは防衛よりも遥かに問題点が多く、勝手の悪い産物であり、それに司令官達は苦悩せねばならなかった。


 こんな風に、司令官達など司令部の面々に悩みの種が芽吹き始めてしまった頃、後方待機となっていたエルヴィン達にも、サボ砦陥落の報せが届く。



「そうか……御苦労だった、下がって良い」



 大隊長のテントにて、報告を聞いたガンリュウ少佐は、わかりきった結果だったので淡白な反応で終わらせ、伝令を帰らせる。



「想定内の結果だな」


「そうだね、少し手間取りはした感じだけど」



 ガンリュウ少佐の正面デスク。そこでエルヴィンは、予想以上の書類の山に囲まれ、それを1枚1枚片付けながら呟いた。



「オリヴィエ迄はまだ距離があるから……2、3週間は小拠点の奪取になるかな?」


「最悪1ヶ月だな。これは長引くかもしれん……」



 1ヶ月。進軍路確保を旨とし、敵の残り拠点を考慮すれば、戦いの長さとしては妥当ではあったが、やはり長い。その間、美味いと呼べる飯と、快適な睡眠、ゆったりと出来る住まいは望めなくなり、毎日遠くからの流血を知らせる戦闘音に不安を煽られる。


 こんな場所での生活など、1日でも早く終わって欲しいと思うのが一般常識だろう。



「ところで、この砦。お前だったらどうやって(おと)した?」



 1日でも早く終わらせたい。その思いからつい疑問が湧いたガンリュウ少佐。エルヴィンならもう少し早く終わらせられるのでは? という漫然とした興味が生まれたのだ。



「で、どうなんだ……?」


「そうだね……私も同じ策を用いたかなぁ……? 確かに大軍というのは有利だけど、今回は小さな砦。全軍で包囲した所で全兵力を生かせる訳じゃない。大半の兵士が遊兵になる可能性が高い。だから、いくつかの集団に分け、昼夜問わずの攻撃というのは、敵の精神を削れる点から見ても良い策だと思うよ?」


「そうか……」



 より良い良案が出てくる事を期待していたのだろう。ガンリュウ少佐に少し落胆が見受けられる。



「じゃあ、お前が砦の指揮官だったらどうした?」


「逃げてたね! 勝ち目の無い戦いをするだけ馬鹿らしい。逃げて、オリヴィエ要塞の守備戦力として加わった方が、易々と負けて兵を失うより有効的だからね」


「お前らしいな……」



 武人として、逃げるのは恥だ、というのが軍の共通認識だが、エルヴィンの場合、そんな下らぬプライドよりも命を優先する為、逃げるという選択肢を簡単に出せる。



「今回の砦の指揮官は、お前から見て有能とは呼べなかったという事か」


「いや、無能だよ。こんな敗北必至の戦いで最後迄戦い抜いた時点で駄目だった。攻め時を見極められない指揮官は有能とは呼べないけど、退き際を見極められない指揮官は明らかな無能だ。逃げられず、自滅の道を行くなんて愚か極まるからね……」



 辛辣な言葉を吐くエルヴィン。おそらく、彼の言う事は正しい。負けが確定した時点で、砦の兵士達は逃げて、味方と合流すべきだったのだ。それこそ、此方にとっては後の敵が増える分、面倒を強いられるのだから。


 しかし、ガンリュウ少佐のエルヴィンを見る目は妙に訝し気だった。


 彼の発言にではない。彼の行動にである。


 エルヴィンは今、書類仕事をしている。しかも、ここ最近、サボる事なくやっていた。いつものエルヴィンでは有り得ない事である。


 普通ならば喜ばしい。しかし、少佐の瞳に映る今のエルヴィンは余りに痛々しかった。



「お前……フェルデン中尉の代わりに、副官は付けないのか?」


「私の副官は彼女だけだよ。一時的でも別の人を据えるのは抵抗があるんだ……」


「そうか……だが無理はするな。お前が倒れれば問題しかおきん」


「大丈夫だよ。心配する必要ないさ……」


「だと良いがな……」



 最後に、やはり疑い混じりの鋭い瞳をエルヴィンへと向けたガンリュウ少佐は、一抹の不安を抱えながらも、別の仕事を行う為、テントを後にする。


 そしてエルヴィンは、書類仕事を切りの良い所まで片付けると、束にして右手隣に差し出した。



「アンナ、これ終わったから確認よろしく……」



 エルヴィンは、ふと自分のしでかした事に気付く。


 彼が書類を差し出した先には誰も居ない。当然、アンナなど居る筈もない。


 只の癖で片付けられるなら良かったが、それで済む話ではなかった。



「依存、し過ぎているな……」



 顔をしかめ、頭を掻き毟るエルヴィン。


 たった2ヶ月居ないだけ。ヴンダーに戻ればまた会える。


 居なくなった訳ではなく、今は居ないだけ。


 しかし、彼の隣で一時的に空いた穴。それは、彼にとっては大き過ぎる穴だった。


 穴を吹き抜ける異様な寂しさが、彼の心を少しずつ風化させていたのである。

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