7-1 帝都にて
エルヴィンは帝都にあるデュッセルドルフ公爵邸を訪ね、応接間にて、帝国宰相ヨーゼフ・デュッセルドルフと相対していた。
「ほぉ……つまり貴公は、利己的に叛逆者の民を匿ったのでは無く、帝国の忠臣として帝国臣民を護ったと言うのだな?」
「はい。カールスルーエ伯爵は確かに帝国に叛逆した愚かな罪人ですが、彼等臣民は只彼の治める領地に不幸にも住んでいただけ。彼等に落ち度はなく、今後も帝国に忠誠を誓い、税を献上する臣民たるでしょう。皇帝陛下へと献上する税の一滴すらも惜しむ事こそ肝要かと存じます」
恭しく語り、弁明するエルヴィン。
現在クライン市民を領地で保護している彼だったが、政府への断りなく勝手に行った事である為、何かしらの釈明が必要であり、帝国宰相であるデュッセルドルフ公爵に直接告げるのが最適だと判断したのだ。
当然これには、傭兵を送り込んでおきながら自分の罪を黙秘するミュンヘン公爵への牽制もかねており、政治的思惑の渦中から逃れる意も含まれている。
「しかし……何故、勝手に此方の許可も得ぬまま保護したのかね?」
「ミュンヘン公は己が兵と雇った傭兵を使い無差別に臣民を殺し回った挙句、あろう事か傭兵を使い我が街にまで土足で踏み込んで来たのです。一刻を争う状況であり、それの対応に追われたが故、弁明の機会を逸し、今に至りました。しかし、許可を得ず勝手をした事は変わりありません。平に謝罪致します……」
「いや、構わん。聞く限りでは仕方無き事。他の貴族に後ろ指を指されるだろう覚悟で、帝国の忠臣として働いた事は賞賛に値する。今後も栄えある帝国臣民たる貴族として励んでくれ」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げるエルヴィン。結果として、彼に貸しを作れる機会を逸したデュッセルドルフ公爵だったが、エルヴィンによる帝国を崇めるが如き言葉の羅列を織り交ぜた謝罪が見事で、許す事を貸しにすれば、帝国への忠誠心を疑われかねなかった為、止むを得ず無償で便宜を図る事となったのだ。
此奴も貴族という事か……。
エルヴィンに貸しを作り、それを笠に自陣営に加え、連鎖的に彼と親交の深いキール子爵も引き入れる画策を、公爵は失敗した事になるのだが、エルヴィンがミュンヘン公爵の恐ろしさに屈し、ミュンヘン派になる可能性が消えた事を取り敢えずは良しとし、今回は素直に身を引く事にした。
「しかし、本当であればミュンヘン公にも責任を追及する所なのだがな。傭兵達が暴走しただけと、貴公の領地を攻めた責任は、彼等の監督責任だけだと言い張っておるので大した罰も与えられん。更にだ……」
「実行した傭兵は皆殺しにあったと聞いております。彼等の暴挙を許した釈明として、傭兵達の首を送ろうとか? などと言って来ましたから……当然、要らないと断りましたが」
「これではミュンヘン公爵が貴公の領地を攻めたなどという事実を証明するのは不可能に近い。生き残った傭兵もおるだろうが、各地に散っとるからなぁ……」
デュッセルドルフ公爵には話していないが、生き残りの傭兵であるダンドーク達をエルヴィンは雇い入れている。
しかし当然、被害者が雇った時点でそちらと口裏を合わせる可能性が高く、証拠としては成立しない。
それを知っていたとしても、デュッセルドルフ公爵にミュンヘン公爵を蹴落とす材料は無く、変わらず苦々しく奥歯を噛み締めるしかなかった。
「ミュンヘン公への対応が貴公には物足りないモノとなるのは申し訳ないが……貴公の働きが評価されるよう取り計らう事は努力すると約束しよう! 長い時間拘束してすまない。もう退出して構わぬぞ?」
デュッセルドルフ公爵の許可を得たエルヴィンは、公爵へ再び深く頭を下げると、部屋から退出する。
そんな彼の背中を眺めるながら、去った後も公爵はドアを眺めていた。
「エルヴィン・フライブルク。貸しを作る事なく全てを丸く収めるとは……やはり、見定めるには申し分ないか……」
デュッセルドルフ公爵に不敵な笑みが浮かんだ。
カールスルーエの反乱に於いて、エルヴィンは計らずも、不本意にも、両公爵の視界に入ってしまったのである。
デュッセルドルフ公爵の屋敷を後にしたエルヴィンは、護衛2人と共にジークフリート宮殿正門前の広場を訪れる。
そこには多数の群衆に囲まれながら、十字に貼り付けられ、晒し物になれたカールスルーエ伯爵の死体と、その下のテーブル横一列に伯爵に加担した叛逆者達の首が並べられていた。
当然、そこには伯爵の妻アマーリエとアルベルトの父ドミニク。そして、アーニャの身代わりとなった名も無き少女の首も含まれてる。
「まったく何て馬鹿な事をしたんだろうなぁ……貴族のくせに」
「本当だな! 帝国に逆らって只で済む訳ないのに……」
群衆から聞こえるのは、伯爵達の死体を痛々しそうに眺めながらも、彼等の行動を馬鹿にし嘲笑する平民達の声。
それを聞いていたエルヴィンは、確かに尤もな意見だと別に怒りは湧かなかったが、伯爵達の亡骸達を、不快そうに睨み付けていた。
「野蛮だ。殺して終わりでは無く、その亡骸すら晒すなど人道に悖っている。この国は明らかに道徳心が低過ぎるな……」
害悪となった人間を魔獣に食い殺させる自分も言えた義理ではないにせよ、人の死に対して軽い扱いがなされているのが現ゲルマン帝国の現状だろう。
帝国貴族による民の扱いもそうだが、民の死者に対する反応が淡白なのだ。
少なくとも、カールスルーエ伯爵の無残な死体を目の当たりにしながら、彼へ嘲笑を向けられる程に平静であり続ける。死というモノへの扱いにしては軽過ぎた。
「ナチスドイツでさえ、これ程に酷くはない。近代戦という虐殺の時代になり始めているのにも関わらず、こんな現状が続いて良いのだろうか?」
戦争の本質は時代が進むに連れ虐殺へと変わっていく。前世でも、剣で相手の顔を見て1対1で殺し合う時代から、ボタン1つで簡単に数万人殺す時代へと成り果てている。
それでも戦争が続いている中、人類が死滅せずに居る理由は、戦争の本質の変化と共に道徳心が培われて来たからだ。
戦争で簡単に人が死ぬ様になり、それが自分へと降り掛かるかもしれない恐怖。それが通信技術の発達と共に身近になって来る為、戦争が忌避されるべきモノとなっていくのだ。
まだ通信技術が軟弱な世界ではあるにせよ、前世に於けるこの時代と見比べても、この国の道徳心の無さは異常であった。
「このまま戦争を続ければ悲劇が増長するだけだ。しかも……」
カールスルーエ伯爵の反乱の際、軽機関銃が戦場へと導入された事を、デュッセルドルフ公爵から聞いたエルヴィン。
また、戦いの後に公爵がそれを回収したのだが、蔵っていた倉庫が爆破、炎上し、軽機関銃は全て焼失したという。
ヒルデブラントに共和国が導入した戦車もそうだが、技術が飛んだ兵器が何者かの手によって配られているのが目に見えてくる。
「ソイツは一体何をしたいんだろうか。こんな道徳心の中、兵器技術だけ進歩するのが不味い事ぐらい分かるだろうに……いや、同じ転生者でも無ければ分からないか……」
戦い、事件の背後で動く誰か。その存在が不快に五感を刺激するエルヴィン。雲の様に正体が分からない。権力も弱く水1滴も掴めない。そんなもどかしさが、彼に更なる不安を植え付けるのだった。




