6-69 黙祷
世暦1914年8月25日
ヴンダー防衛戦終結から6日。戦いの事後処理が漸く終わり、元戦場から死体と武器が全て回収された。
傭兵の死体もエルヴィンの意向で丁重に扱われると、簡素な木製棺に入れられ、街の外に、魔獣避けの香を焚きながら並べられている。
そして、ヴンダーの街を守り抜き、散った512名の兵士達。その壮大な葬儀が今日、執り行われようとしていた。
西門前広場。そこに、戦死者達を入れた、傭兵達より豪奢な棺が等間隔で綺麗に並べられ、その側では遺族が死んだ父の、息子の、兄弟の、友の、恋人の側で泣き、最期の別れを告げていく。
その周りをフライブルク軍の兵士達が式典用軍服に着替え、軍帽と白い手袋を嵌め、誰1人微動打にせず、亡き同士達の横で、只1点を見詰めて列を作る。
彼等が視線を交差させる1点。そこに、西門前に少し豪奢な式典用軍服に包まれたアンリと、それより少し劣る式典用軍服を着崩す事なく身に纏ったルートヴィッヒに挟まれ、1人の男が姿を現わした。
兵士達の誰よりも豪奢な式典用軍服を身に纏いながら、いつものだらし無さとはかけ離れた姿に身なりは整えられ、面立ちも凛々しくあり続ける男爵領領主エルヴィン・フライブルクが、遺族達、兵士達の前に立ったのだ。
その瞬間兵士達は一斉に敬礼し、エルヴィンが返礼して、彼等は手を下ろす。
普通なら城壁から見下ろす型で領主は立つだろう。しかし彼は、領主としてでは無く、共に戦った仲間として見送る為、城門下に立ち、告げる。
「私には嫌いな異名がある……英雄だ!」
不思議な話の始まりに遺族達は首を傾げるが、兵士達は顔色1つ変えずに領主へと耳を貸す。
「英雄と呼ばれる者達は、大抵が人により作られた、偶像として祀られたが故の名だ! その理由は、国家神聖化、権力維持、戦争正当化などロクでもない理由ばかりだ! 汚い理由ばかりだ! だからこそ、私は英雄という異名が嫌いだ! ……しかし……この日、考えが変わった」
エルヴィンは一呼吸起き、胸を張って告げる。
「この者達は紛れも無い英雄だった! 人の手により作られた訳ではない、真の英雄だった! この世界には素晴らしき英雄の称号があるのだと彼等は示したのだっ‼︎」
エルヴィンの熱がこもった言葉に、遺族達は皆、顔を上げる。
「彼等は街を守り抜いた! 家族を守り抜いた! 友を守り抜いた! 命を懸けて、そして投げ打って、彼等は多くの者達を守り抜いた! 歴史上に栄えある作られた英雄などより、彼等の方が英雄と呼ぶに相応しい‼︎」
エルヴィンは右手拳を目前で掲げる
「だから誇れ‼︎ 君達の父は、兄は、弟は、友は、恋人は、偉大な英雄であったと‼︎ それと共に過ごし、支え合った君達もまた偉大なのだと‼︎ 彼等は死んだ。しかし、価値無き死では無かった! 誇れ! 自慢しろ! 彼等の名を語り継げ‼︎ 彼等こそ後世に語るべき英雄なのだっ‼︎」
叫び、想いを込め、大声で語ったエルヴィン。
綺麗事だと分かっている。只の慰めにしかならないと知っている。
しかし、慰めにはなる。生者が前に進む為の糧となる。
そして、遺族達は涙を拭いて、立ち上がり、唄い出す。
賛美歌を。彼等を讃える賛美歌を。
神へ、彼等の魂を託す賛美歌を。
兵士達は黙って武器を抜く。
通常兵は小銃を、魔術兵は剣を。
そして、通常兵は天に銃口を向け、彼等を送るように銃声を鳴らす。
魔術兵は切っ先を上に向け、彼等の道を示すように剣を構える
西門から始まった賛美歌は、東門へと伝播して行き街全体へと広がっていく。
感謝を込め、天での安恵を願って、長き平和を祈って。街人達は歌い出す。
別れの唄に包まれながら、兵士達は次々と彼等の棺の蓋を閉め、ヴンダー南にある霊園へと運んでいく。
そんな切なさが語られる光景を眺めながら、ルートヴィッヒはエルヴィンへと語り掛ける。
「英雄、ね……」
「不服かい?」
「いや、上出来だ。奴等に相応しい異名だ。他の誰よりも……」
「そうだね。彼等こそ英雄であるべきだ。命を懸け、人を救い、人を守り抜いた者達こそ英雄であるべきだ。だからこそ……英雄と言う名を聞かなくなる時代が来れば良い。それはつまり、英雄と呼ぶ者を必要としない平和な世界という事だからね……」
平和な世界。エルヴィンが居た前世に於いても、完全なる平和は実現しなかった。
中東アジア、東南アジア、アフリカ。その他、日本などの国が仮初めの平和を享受する中、世界の大半では紛争が絶えず、貧困が絶えず、命の消失が絶えない。
だからこそ、前世に於ける近代と呼ばれる時代の初期、歴史の転換点となり行く中心地、そんな場所に、僅かだが権力者と呼ばれる地位に居るエルヴィンは思ってしまう。
"自分が動けば何か変わるかもしれない"と。
「自惚れだな……」
苦笑し、思いを吐き捨てたエルヴィン。
己が領地の事で精一杯でありながら、世界を変えるなど到底無理だろう。
そう考えながら霊園へと運ばれる棺に目を向けたのだ。
今は、1人でも多く守り切れなかった罪科。それを甘んじて見詰める時なのだから。
ヴンダー東の城壁。その上からダンドーク達放蕩の豹の面々は、街から聞こえる賛美歌に耳を傾けながら、西門の方へと視線を向けた。
「また盛大な葬式だな。団長」
「当然だろう。ここで盛大にやらなかったら、御領主殿は薄情者の烙印を押されるからな」
仲間の男ドナルド・エニスキレンの話にダンドークは苦笑と共に返す。
「葬式っていうのはいつも、死者の為にやるもんじゃない。生者を慰める為にやるもんだ。あの世がある事を感じるように、死者とあの世や来世で会えるように、そう願いながら、今迄の返せなかった感謝を、という意味で盛大にやるのが葬式だ。言ってしまえば、自己満足の産物に過ぎん。だからこそ、プロパガンダによく理由される訳だが……」
「じゃあ、この葬式もプロパガンダの意味があんのか?」
「いや、これは純粋に死を惜しむ葬式だな……聞いた話だが、御領主殿は豪奢な軍服ではなく、皆と同じ軍服で送りたいとか言ったそうだ。自分を崇敬化させず、全く同じ仲間として送りたい、とな。流石にそれは、領主としての威厳が砕けるからと周りに却下されたらしいが」
「それこそ自己満足の偽善だな」
「そうだ、偽善だ。……だが、あの御領主殿はそれを自覚している。だから他人に強制はさせないし、俺達もこうやって自由意思で真逆の東門に居る訳だ」
ダンドークに楽し気な笑みが浮かぶ。
「面白いだろう? 少なくとも、俺達が不利になる事をしねぇ限りは消す、なんて事はしない。ミュンヘン公から乗り換えて良かったろう?」
「それには同意だ。今頃律儀に戻って、残りの依頼料ふんだくろうとした奴等は……考えるのも嫌だな」
「まったくだ」
豪快に笑うダンドーク。彼がエルヴィンに雇い入れさせた理由は、彼が雇い主として魅力的だった点と、前の雇い主ミュンヘン公爵に問題があったからだ。
その問題に気付かなかった奴等を馬鹿だと嘲笑いつつも、待ち受ける運命を思うと同情せずにはいられなかった。




