2-5 ルートヴィッヒのお節介
アンナがこれまた蓄積させられた疲労感で溜め息を吐く姿に、その元凶あるルートヴィッヒは慰めるように笑みを浮かべる。
「そんな落ち込まなくても良いだろう? 俺がお前に疲労を与えるのはいつもの事なんだからよ」
「自覚があるなら直して下さい」
「嫌だね。俺は忘れやしねぇぞ? 出会い頭に、お前にアッパー食らわされた事は」
「自業自得だったと思いますが。堂々と正面から、初対面で私の悪口言って来ましたからね」
「悪口じゃなくで事実を言ったまでだ。何せ、お前は森人らしく胸が小さ、」
この時、アンナは強烈な殺意をルートヴィッヒに向けながら、腰の拳銃に手を掛ける。
「ルートヴィッヒ……」
「チッ、一々銃に手を掛けるとか野蛮過ぎるだろっ‼︎ だが、口は閉じときます……」
流石に武器まで出されると弱気にならざるを得ないルートヴィッヒ。しかし、やはり気に入らない事に変わりはなく、口元をへの字に歪める。
「まったく……そんなカッカしやがって……たった1日、エルヴィンと2人きりになれなかったぐらいでキレやすくなるか、普通?」
その時アンナはピクリと身体を震わせ、それに気付かずエルヴィンは、ルートヴィッヒの発言に首を傾げる。
「何でアンナが、私と2人きりになれない事で落ち込むんだい?」
「それはだな〜……」
ルートヴィッヒがそれはもう悪戯を企む子供の様な笑みを浮かべ話そうとした瞬間、アンナは腰の拳銃を触りながら、これ以上何も喋るなと言わんばかりに、先程の比にならない殺気で彼を睨み付け、それに気付いたルートヴィッヒは、目を横に逸らしながら、彼女に撃たれない様どう話を変えようか考え、捻り出した。
「そう! 2人きりだと、仕事の話がし易いらしいからな!」
「まぁ、そうだろうね」
2人の会話を余所に、アンナは、安堵の吐息も無く黙って立ち上がると、資料を机の上に置き、廊下へと向かった。
「エルヴィン、少し席を外します」
「うん、どうぞ……」
一言残し、客間を後にしたアンナ、
そして、彼女は、客間からある程度離れたのを確認すると、突然、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「気付かれてないよね⁈ 気付かれてないよね⁈」
アンナは恥ずかしさで顔を真っ赤にし、自問自答しながら悶え始めた。
「あ〜っ! あの馬鹿! 何であんなギリギリの事言うの⁈ 危うく気付かれる所だったじゃない!」
赤く染まった頬を抑えながら、アンナは気持ちを落ち着け様としながらも項垂れ続ける。
自分の恋心が、未だエルヴィンに気付かれていない事を願って。
アンナが客間から出て行く姿をルートヴィッヒはやれやれと思いながら見送った。そして、ふとエルヴィンにある質問をする。
「なぁエルヴィン、アンナの事どう思う?」
「ん? なんだい突然……」
「いいから!」
エルヴィンは質問の意図がよく分からなかったが、別に後ろめたい事もなかったので、素直に答えた。
「良い友人だと思うけど……」
欲しかった答えの斜め上の返事が返ってきた事に、ルートヴィッヒは呆れて頭を抱える。
「そういう事じゃなくてだな……見た目とか、精神面とか……アンナと居る時、どう思うかって話だ!」
「ん? まぁ、美人で性格も良い女性だとは思うが……」
「まぁ美人だけど、そう言う事でもねぇ‼︎」
ルートヴィッヒは続けて何か言おうとしたが、エルヴィンの鈍感さを改めて理解し、諦めて口を噤んだ。
「もういい、今の忘れてくれ……」
「ん? そうかい?」
エルヴィンは、結局何だったんだ? と思いながら、首を傾げ、コーヒーに口をつけた。
そんな何も知らない彼を余所に、ルートヴィッヒは改めて、「エルヴィンとアンナはいつ付き合うのだろうか?」と割と本気で心配になっていた。
アンナの奴、早く告白すりゃあ良いのに……まったく、あのヘタレ森人め! まぁ、エルヴィンがアンナを好きになれば、両思いでアッサリ解決するんだがな……。
ルートヴィッヒは心の声を閉ざすと、その続きを、腕を組みながら口にする。
「アンナの奴、美人でスタイルは良いんだが、胸がな〜……森人族のサガと言うべきか、やっぱ小さいからな〜……ほんと板だよ板!」
ルートヴィッヒがかなり失礼かつ大分下劣な事を言っていると、エルヴィンの顔が突然、青く変色し始める。
エルヴィンの視線の先、ルートヴィッヒの後ろで、アンナがルートヴィッヒを殺意に満ちた鋭い目で睨みながら立っていたのだ。
エルヴィンはルートヴィッヒに独り言を止めるよう制止するのだが、彼に止める気配はない。
そして、ブレーキの掛からないルートヴィッヒに対し、アンナは右手を開くと、その頭を思いっきり引っぱたいた。
「痛ってぇ‼︎」
ルートヴィッヒはジワジワ痛む頭を押さえながら、背後にいるアンナの方を睨み付ける様な瞳を持って振り向く。
「なにすんだテメェエッ‼︎」
「なにすんだ、じゃないでしょう‼︎ 人の悪口言っておいて!」
「事実を言っただけだろ? 事実を言って、なにが悪い‼︎」
この瞬間、アンナの怒りは頂点に達し、腰の拳銃に手を掛け、今度ば躊躇わずに抜いた。
「男爵様、この馬鹿を射殺する許可を下さい」
「別に良いけど、此処で殺さないでね? クズの血で床が汚れるから」
「お前らひでーなっ!」
そんな茶番の様な会話をしていると、アンナが部屋の壁に立て掛けられたら時計を見て、急に慌てだす。
「もうこんな時間! 早く司令部に戻らないと!」
アンナはそう呟くと、拳銃を腰のホルダーにしまって客間を出ようと動き出し、それをルートヴィッヒは命が助かった安堵感と共に見送った。
すると、アンナは部屋を出る手前で立ち止まり、ルートヴィッヒの方に視線を向ける。
「なんだよ?」
「司令が貴方を探してましたよ、今日の早朝、挨拶に来なかったから」
「やっべ!」
ルートヴィッヒは慌ててソファーから立ち上がり、上着のボタンを急いで締めながら、客間出口に向かった。
「エルヴィン、それではまた後で……」
「俺もまた来るからな! じゃあ…….」
アンナとルートヴィッヒはエルヴィンに軽く挨拶を残して客間を駆け足で後し、慌しくも部屋を去って行った彼等を、エルヴィンは手を軽く振りながら見送った。
2人が屋敷から去った後、1人ソファーに座るエルヴィン。良き友人に囲まれた自分の今の生活がどれ程幸せな物か実感し、その幸福感と共に、静かに、彼は少し冷めたコーヒーを味わうのだった。




