6-63 売り込み
街に現れた無精髭の団長とその仲間達。それに、エルヴィンや男爵領の兵士達は警戒心剥き出しの双眸で視線を向ける。
「何の用かな? 君達とは敵同志の筈だけど……まさか、ワザワザ殺されに来たのかい?」
エルヴィンには珍しい厳しい言葉。アンナとテレジアを危険な目に遭わせた張本人かもしれぬ相手なのだ。好意的に接しろという方が無理である。
そして、敵愾心に囲まれる無精髭の団長だったが、飄々と笑みを浮かべ、口走る。
「事前に言っておきます。市民の暴発を命じたのは俺です」
その瞬間、周りの兵士達が銃と剣を抜き、無精髭の団長に向け殺意を剥き出しにする。
しかし、それをエルヴィンは右手を挙げて制止させた。
「君……それをココで堂々と言う、という事がどういう事か分かるよね?」
「命は危なくなるでしょうなぁ……しかし、御領主様は御止めになりました」
まるで見透かした様な態度の無精髭の団長に、エルヴィンは嫌悪感の無い苦笑を浮かべる。
「ココでは何だから場所を変えよう」
エルヴィンはアンリと共に、無精髭の団長達を案内し、フライブルク軍ヴンダー司令部へと赴く。そして、無精髭の団長だけを応接間へと通すと、エルヴィンと団長が向かい合う型でソファーへと座り、アンリはエルヴィンの背後に控えた。
「さて……ココなら大丈夫だろう。君、素で喋って良いよ」
「そうか? ソイツは有り難い! じゃあ、遠慮なく……」
そう言うと、団長は両手をソファーの背もたれに掛け、足を眼前の机に乗せ、太々しい程に寛ぎ始める。
エルヴィンは「そこまでは許してないけど」と苦笑し、その背後からアンリはキィッと団長を睨み付けた。
「おいっ! 貴様! 立場を弁えた態度を示したらどうだ? 今すぐ貴様等を全員牢に入れても良いんだぞ?」
「シャシャリ出て来んじゃねぇよクソジジイ。森人なんだから俺より倍ぐらいは年上だろう? もう少し年下の態度に、目くじらを立てず寛容になって欲しいものだ」
「図に乗りやがって……」
やはり珍しく毒気のある態度のアンリに首を傾げながら、エルヴィンは激烈な対立まで発展しないよう2人を制止させると、改めて団長へと向き直す。
「そう言えば、君の名を聞いていなかったね……」
「そういやそうだな……」
無精髭の団長は流石に太々し過ぎたかと、姿勢を正すと、それでも無礼な姿勢は変わらず、告げる。
「傭兵団、放蕩の豹団長リチャード・ダンドークだ。以後お見知り置きを……」
恭しく頭を下げるダンドークだが、座っている姿勢と、仕草が合わない外見とで、全く様にはなっていない。
しかし、当人には関係は無いらしく、別の事のみ重要だった。それが成せるかどうかが彼等の死活問題なのだ。
「では御領主様、本題に入ってもよろしいかな?」
「まぁ、君達が街を訪れた時点で察しは付いているよ」
「それは話が早い! じゃあ……」
ダンドークはエルヴィンへ不敵な笑みと共に鋭い視線を送る。
「"俺達を雇う気はないか?"」
それに、アンリが明らかな動揺と驚愕の表情を浮かべる。
「何を馬鹿なっ⁈ ついさっきまで敵対していた奴等と手を組むなどあり得ん‼︎ しかも娘を傷付けた元凶となどっ‼︎」
「そうなのか? それはすまん……」
先程の演技めいた姿とは打って変わり、真摯的な様子で謝ったダンドークに、アンリは罵倒の口実を失い狼狽える。
「アンリさん、取り敢えずは抑えて下さい」
まだ文句はあるだろうが、諭され、引き下がるアンリを背に、エルヴィンは話を再開させる。
「で、雇って欲しいという話だけど……正気かい? 街に入った時の反応を見て、それを言うという事がどういう意味か、分からない訳はないだろう?」
「先程言っただろう? 御領主様は御止めになりました。俺達の目的に気付いていたなら、その気も無く生かすなんて事はしない。つまり、少なからず迷ってはいると見ているんだが?」
「まぁね、君に聞きたい事を聞いてから判断しようと思ってね……」
エルヴィンは肩をすくめると、前屈みになり、肘を両膝に乗せ、手を組み、ダンドークへ微笑と共に品定めをする様な鋭い視線を送る。
「君、私を試してたね……?」
「そこまで気付いてたのか! そうだ、市民を暴発させて対処出来るか見定めていた。まぁ、対処出来なかったなら出来なかったで此方は街を攻略できるというメリットはあったがな。市民を脅して財を掻っ攫う事が出来る訳だ」
豪快に笑うダンドーク。明らかな人道に悖る発言に、アンリはギリッと奥歯を噛み締め、怒りに震えた双眸で彼を睨む。
しかし、やはりエルヴィンは淡々として平静だった。
「脅して掻っ攫う、ね……」
「何か文句あっか?」
「いや……だけど、これで判断材料は揃った」
エルヴィンはニコリと微笑をダンドークへと向けた。
「良いだろう。君達を雇おう!」
エルヴィンの言葉にアンリは耳を疑った。
「御領主様本気ですか⁈ 略奪をして来たと口走った様な奴を雇い入れるなど、御自身の市民への外聞を悪くすると言っているようなものです! それと釣り合わせるには、コイツ等はあまりに力不足でしょう‼︎」
「アンリさんの意見は尤もですが……あまり心配はいらないかと。何せ……彼等は略奪はしても、虐殺はしていませんから」
ダンドークはこう言っていた。「市民を脅して財を掻っ攫う」と。つまり、"殺さずに脅すだけ"で金を手に入れているという事だ。侵略であらされ無法地帯となった町という前提でである。
普通、この様な状態であるなら、ワザワザ脅すのでは無く、殺して奪う。殺して奪った方が明らかに楽だからだ。
しかし、ダンドーク達はワザワザ脅して奪っている。無辜の民に手を掛ける程まで彼等は落ちぶれておらず、野蛮ではなかったのである。
「少なくとも人道性に問題は無いでしょう。それに脅し文句は何も、自分達が手に掛ける事を仄めかすばかりではない。他の野蛮人供から守ってやるから金寄越せ、とかもありますからね。まぁ、これも善行には程遠い悪行ですが……」
ルートヴィッヒが肩をすくめて苦笑すると、見透かされたらしいダンドークも肩をすくめ苦笑する。
しかし、尚もアンリに納得する気配は無い。
「例えそうであったとしても、コイツ等は傭兵です! 金で何でもする野蛮人! いつ此方より多額の金を積まれ裏切るか知れたものじゃありません‼︎」
その主張にダンドークは嘲笑を零す。
「勘違いすんなよ? 俺達だって武力を売る商売をやってんだ! 簡単に裏切る信用のねぇ奴を誰が雇ってくれるよ! だから俺達は簡単には裏切らねぇさ。まぁ……俺達にも雇い主を選ぶ権利はあるからな。割に合わなくなったら辞めてやるよ」
飄々と返すダンドークをアンリはまたキィッと睨み付けると、彼等を雇わずに済む別の口実を思案する。
しかし、それにエルヴィンの言葉が割って入った。
「アンリさん。そろそろ、彼等を多目に見てあげては……」
「無理です! 娘を傷付けた元凶と馴れ馴れしくする気はありません!」
やはり、娘のアンナを傷付けた事を根に持っているようだが、それにしても彼の怒気は異常であった。別の要因が彼の怒りを後押ししているように見える。
「アンリさん、取り敢えず落ち着いて下さい……」
「…………そうですね……流石に冷静さが欠けていたようです。しかし……それでも彼等を雇い入れる利点より負の面の方が大きいように感じます。私はやはり反対です」
怒りが消えた訳ではないが、一様は落ち着いてくれたアンリだったが、それでも損得の面でダンドーク達を受け入れる事は出来なかった。
「確かに、傭兵を入れるのには、勿論、私にも抵抗があります。ですが……彼の軍服を見て、それでもメリットがあると考えました」
「軍服……?」
アンリは首を傾げながら、ダンドークが着るボロボロの軍服に目を向けた。
そして、エルヴィンの言わんとする事を理解し、面食らう。
「まさか……彼は……」
「ええ……彼はおそらく元エールランド軍人です。しかも、部隊章はノースランド駐留第8師団。"エールランド独立戦争"発端の部隊です」




