表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
299/450

6-56 エルくんへ

 突然現れたアンナ。手術後直ぐなのだろう。患者用の薄い手術衣を身に纏い、少し辛そうに冷や汗を流し、顔をしかめている。


 いや、あれだけの傷をこんな短時間で治せる訳がない。おそらく応急処置程度しかしていないだろう。



「アンナ! 何でココに居るんだ⁈ 動ける身体じゃないだろう!」



 先程の沈着さが消え、銃も下ろし、動揺するエルヴィン。それに、アンナは優しく微笑する。



「言ったじゃないですか……貴方のやる事全て事前に教えて貰うって。だから聞きに来たんです。エルヴィン、今から何する気でしたか……?」


「今はそんな事言ってる場合じゃ!」


「そんな事言ってる場合ですっ‼︎」



 鋭く突き抜ける言葉。彼女の目は真剣そのもので、表情には僅かに怒りが見え始める。



「エルヴィン、貴方は今……あの日、テレジア様が誘拐された日と同じ事をしようとしましたよね?」


「そうだよ。彼等はそれだけの事をしでかした。少なくとも、私にそうさせる起爆剤を堂々と振り掛けてきた。ならば、それに端を発する炎で焼け死ぬのは自業自得、当然の報いだろう?」


「エルヴィンの怒りは尤もです。ですが……やめて下さい」


「そんな事をしても無意味、君達が喜ぶ訳じゃない。とでも言いたいのかい? 私はそんな善良な理由でこんな事をしでかす訳じゃない。私自身、こうしなければ怒りが鎮まらないんだよ」



 エルヴィンは暴動者達をより一層の殺気を織り交ぜ睨み付ける。



「私はね……悪意には悪意で返すべきだと思ってる。悪意で動いた奴等が善意で許されるなどあってはならない。善意で許す程度で、悪意が無くなるなんてあり得ないからね。過去、どれだけの人間が、それにより再び解き放たれた悪意の犠牲になったか…………」



 拳が握られ、奥歯でガリッと音が鳴る。



「だから見せしめに俺の悪意で苦しめ、それを晒す! 俺達に悪意を向けた者がどうなるか脅し、他の奴等が悪意など抱かないよう、その種を徹底的に潰す! 領民や部下達やテレジア、それに君がこれ以上悪意に害されるのを何としてでも阻止する! その為にソレ等は絶対に殺さなければならない‼︎ だから殺す‼︎」



 怒りに歪められた形相に、捕らえられ身動きの取れない暴動者達は恐怖で震えあがる。


 最早、エルヴィンには殺すという選択肢しかない。許すという選択肢がない。


 確かに彼等は反乱、叛逆に等しい行いをした。1時代前から一族郎党皆殺し、今でもその選択肢が残っている事を彼等はしでかした。


 今からエルヴィンがしようとしている事も、どちらかと言えば軽い制裁なのだ。しかも、再発防止の為の合理的な制裁でもある。


 領主としては正しい選択の1つのなのだろう。


 しかし、エルヴィン・フライブルク。彼の選択としては最悪だった。



「エルヴィン……いいえ、エルくん。今から話すのは領主としての貴方ではなく、1人の青年としての貴方だから、前みたいにこの呼び名を使うね?」


「何だい、いきなり……?」


「エルくん。今の貴方は本当にエルくん?」


「何を言ってるんだい? 私は私だよ」


「違うよ。貴方はこんな事しない。今の貴方は怒りだけしか見えてない、只の憤怒の権化だよ」


「それはそうだ。怒っているからね。それに……私は領主だ。領民に舐められてはいけない存在なんだよ。だから、ある程度は冷酷にしないと……」


「わたしは領主のエルヴィンじゃなくて、只の青年エルくんに聞いてるんだよ。領主という立場で誤魔化すのは止めて。今の貴方は自分の怒りを冷酷と履き違えているの。証拠にほら、周りを見てみて」



 アンナに促された通り、周りを見渡し始めるエルヴィン。そして、彼は(ようや)く自分が今からしでかそうとしていた本当の事に気付く。


 彼が見たもの。それは、


 こんな事態を未然に防げず、後悔するように苦々しく拳を握り締める兵士達。


 あの日の再来と嘆く男爵領民達。


 何より、自分を見詰める瞳に、畏怖と恐怖しか写されていないクライン市民達。


 そう、今からエルヴィンは悲劇を作り出そうとしていた。


 悲しみしか生まぬ悲劇を作り出そうとしていた。


 それ等を殺せば、当然彼等は死ぬ。そして、彼等の家族は未亡人や孤児となるだろう。


 怒りの感情に任せ殺すには、あまりにも悲劇的過ぎる結果を生んでしまうのだ。



「これでも、貴方はこの人達を殺すの? 晒し者にするの? 本当に、こんな下らない事で罪を背負って良いの?」



 彼等を怒りに任せて殺すのは簡単だ。そうすれば今の気分は晴れ、自分の恐怖を知らしめる事は出来るだろう。


 しかし、暫くして殺された者達の子弟はエルヴィンを恨むようになり、また大きな火種を生む事になる。今回の暴動が可愛く思える程の。


 何より、怒り任せに殺してどうなるのか。自分の怒りを鎮火する事にしか利が無いではないか。


 下らなかった。人を殺す理由には、虐殺をする理由にはあまりに下らなかった。


 頭を巡る考えに、正当性に、エルヴィンの怒りは消えていく。そして、いつの間にか銃が腰のホルダーへと仕舞われた。



「やれやれ……私も血の気が多いらしい……」



 反省するように、頭を掻きながら苦笑するエルヴィン。その姿はいつもの少しだらし無気なものに戻っていた。



「アンナ……皆んな……見苦しい所見せた。すまない……」



 アンナや兵士達に頭を下げるエルヴィン。それに、皆んなは笑みを浮かべ、笑いを(こぼ)す。



「いや、スッキリはしましたよ。俺達の怒りも限界だったんでね……」


「しっかし、やっぱ領主様は怒ると怖いですねぇ……俺達も気をつけよう」


「まっ、これで一件落着っと、がははははは!」



 先程の緊張感が嘘のように、笑い、笑顔を浮かべるフライブルク兵士達に、暴動者達は安堵する。



「よ、良かった……助かった……」



 吐息を(こぼ)し、肩を撫で下ろしす暴動者達。


 しかし、それをエルヴィンはまた冷たい瞳で視線を向ける。



「一応、言っておくけど……次、こんな真似したら、今度こそは殺して死体を晒す。覚悟しろ」



 また向けられた強烈な殺気。それに、暴動者達は寒気を走らせ、否応なく頷かされる。


 半強制的に暴動者達を納得させたエルヴィンは、また苦笑を浮かべると、アンナへと向き直った。



「まったく……君はどれだけ私に人殺しをさせたくないんだい? 君も知っての通り、私の手は既に真っ赤だよ?」


「それでもです! 貴方が人を殺す姿は見たくありません。それに……私には人殺しを禁じおいて、私が貴方に人殺しを禁じさせるのは駄目、なんて、不公平でしょう?」


「あははは……痛い所を突かれてしまった……」



 乾いた苦笑を(こぼ)したエルヴィンに、アンナも少し楽し気な笑いを(こぼ)す。


 その時、アンナの身体からガクリと力が抜け、支えていた兵士は軽くしゃがみながら彼女を支え、エルヴィンは直ぐに彼女へと駆け寄った。



「アンナ、やっぱり無理して来たね? 早く戻ってちゃんとした治療受けないと!」


「わかってます。直ぐに戻ります」



 兵士と共にエルヴィンがアンナを支えると、彼女は少し嬉しそうに口元を綻ばせた。


 想い人に心配されている自分。不謹慎にもそれが嬉しかったのだ。


 そんな背中を、テレジアが羨まし気に、眩しそうに、悲しさ気に眺めている事にも気付かずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ