6-43 あと2日
夜。穏やかな3日目となった西門での戦い。魔獣と傭兵達の戦いも、魔獣側が退き始めた事をきっかけに終息しつつあった。
しかし、人より知性の劣る、同族を同族と認識せぬ魔獣との戦いは、傭兵達には堪えた上、犠牲も3千人にも登り、疲労は言うまでもなく過剰に蓄積される。
最早、得る物より失う人員の数が多い戦いとなっていたが、傭兵達に退くという文字はない。これだけ苦労させられて何も無しでは割に合わないからだ。
大柄の団長や各団長を筆頭に、無様を晒らす羽目を作り上げた敵に怒り、それを糧に士気を上げるが、無精髭の団長はやはり冷めきった辛辣な言葉を吐く。
「やれやれ……協調性を欠いた烏合の集の成れの果て、数多の死を蓄積しても逃げる冷静さが湧かねぇとは嘆かわしい」
「逃げるべきだって言うのか?」
「このまま戦っても、欲が視界をチラつく奴等が協力するなんてあり得ねぇし、今後も割に合わぬ損害を被るだけだ。逃げるのが利口な判断だ」
「じゃあ逃げるか?」
「いんや、俺達にとってはこのまま戦った方が利になる。実際、このまま戦ったら勝つには勝つし、俺達の損害は微々たるものだ。他の傭兵達が犠牲になってる分、楽しみも倍増だ。それに……」
無精髭の団長は不敵に笑みを浮かばせる。
「そろそろジワジワと内臓を抉ってる所だろう。炎症ぐらいは引き起こしてんじゃねぇか?」
「なるほど、確かにな!」
眼鏡の団長等が皆殺しになった件は気になるが、結果として独り勝ちになる未来が彼等を明るく照らす。どう転ぼうと、彼等にとっては良き結果となるのだ。
"例え負けたとしても利益を得るのだ"
しかし、負けた場合の利点を知る者は、無精髭の団長を除いて他に居ない。
西門前広場。避難民達への晩飯の配給を終わらせた給仕達が、前線で戦う兵士達へも御飯の配給を始め、テレジアを中心に作られた絶品スープを兵士達は星空の下で堪能する。
「うんめぇえええっ! テレジアちゃんの愛のこもった料理、これだけが楽しみで戦ってられるぜ!」
「君に対しての愛は微塵もないよ。……というか、ちゃん付けを止めろ。そろそろ同衾候補から外せよ」
司令部テントから出て、他の兵士達と同様に夜空の下で食事をするルートヴィッヒとエルヴィンは、気持ちの余裕があるらしく、いつも通りの毒舌含みの会話がなされる。
「お前……本当に、テレジアちゃんに対して過保護だよな? あの子が恋人を連れて来たら、そいつ打ち首にしそうだ」
「しないよそんな事。テレジアが生涯にと決めた男なら、私に文句を言う資格はないさ。……君以外なら」
「俺だった場合打ち首にするって事か? 酷くね?」
「じゃあ銃殺かな? 武人としての処刑方法では最も栄誉な死だよ?」
「どっちにしろ変わらんわ! というか、親友の扱い酷過ぎるだろ‼︎」
悲痛な叫びを上げるルートヴィッヒ。彼自身、自分がクズと呼ばれる理由は自覚があるが、ここまで言われると流石に傷付くのだ。
しかし、これも冗談混じりの楽しいコミュニケーションの一環であり、ルートヴィッヒには少し笑みを浮かべる余裕があった。だから、次に口を開けた時には真剣な表情に変わっていた。
「お前の奇策のお陰で今俺達は連勝中だ。予定通りなら、あと2日耐えれば勝ちだろうよ。しかも、余程のイレギュラーが無ければ間違いなく勝つだろう。……しかし、勝つだけだ。あと2日、普通に戦えば沢山死ぬぞ?」
辛辣な事実を述べるルートヴィッヒ。余裕で勝つとは言ったが、それでも4割の兵を死なせるのを覚悟の上での勝利であり、3日経過し、エルヴィンの奇策で予測死者が減らせたとはいえ、まだ3割は死ぬ可能性が高かった。
それだけ死ぬのは、フライブルク軍の今後にとって大きな傷を残してしまうだろう。
「奇策を使い3日間の犠牲は減らせた。だが、魔獣は予定よりも早く退き、明日にはまた純粋な小細工無しの戦いが始まるだろうよ。どうすんだ?」
3日は奇策で乗り切った。だが、後の2日まで奇策で乗り切れる保証は無く、実際、エルヴィンの策略の壺はもう空になってしまっていた。魔獣を戦場に引き出した時点で、彼の作戦のストックはなくなってしまったのだ。
それに薄々勘付いていたからルートヴィッヒは問いを投げかけたのである。
「あと2日……犠牲を減らす策はもう無い。参ったね……」
苦笑し、悩まし気に頭を掻くエルヴィンだったが、実は解決出来ない問題ではなかった。
「アンナを頼るしかないかな……?」
「だろうな。それしかねぇだろう」
「あまり、使わせたくはないんだけど……」
「そん時は知ってる奴等だけを周りに配置すりゃあ良い。司令なら自然な配置替えが出来るだろう?」
「確かにね……アンリさんに頼んでみるよ。その前にアンナだけど」
アンナを頼る。つまり、高位魔法、精霊魔法を使わせるという事であり、それをエルヴィン達はあまり他人には見せたくなかった。
権力者達に、彼女が目を付けられる可能性を極力潰したかったからだ。
しかし、精霊魔法は強力であり、戦局を大きく左右出来る代物。犠牲低下の為、使わぬ手は無かった。




