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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
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6-41 漏れ出る炎

 東門前広場、避難民が集まるこの場所で、2つの団体が罵倒の応酬を繰り広げていた。



「何故、お前達はホテルに泊まれて俺達は泊まれないんだ⁈」


「当然だ! 貴様等は助けられるだけで何もしてねぇだろ!」


「それが不公平だと言うんだ! 公平に部屋の割り振りをしろ‼︎」


「老人や子供連れや持病持ちなんかはちゃんと割り振られているだろう‼︎ 俺達だって我慢してテント暮らしなんだ! 助けて貰ってる貴様等が文句を言うな‼︎」


「テメェ! お前等の方が上と言いたいのか‼︎」



 クライン市民と男爵領民の間で、対応の格差による対立が起きていた。


 避難民の多くはテント暮らしを強いられているが、一部の人間はホテルや空き家、空き部屋などを割り振って貰っており、両市民関係なく身体的弱者を優先的に使用させている。


 しかし、それでも余りは存在し、それを男爵領民が独占的に使っていると、クライン市民が不満を持っていたのだ。


 確かに、空き家、空き部屋は男爵領民が優先的になっているが、これは避難民ながらボランティアに真っ先に参加した者達へ御礼として割り振られたものであり、ボランティア非参加者しかいないクライン市民に割り振られないのは当然である。



「俺達はお前等と違って長い道を歩き疲労してるんだ。良いから部屋を融通しろ!」


「じゃあ、ボランティアに参加するんだな! だったら割り振られるだろうよ!」


「参加しても割り振られネェから文句言ってんだろうが! やるだけ無駄で即辞めたわ!」


「利己心のみで動いた奴が文句言うな! 貴様等に優遇を求める資格は無い‼︎」



 罵倒し合い、罵り合う両者。後ろに控える市民達も、もう少しで殴り合いを開始しかねない熱を発した時。



「両者そこまで!」



 治安部隊隊長としてアンナが兵士数名を伴い両者を制止させる。


 それに、男爵領民は黙って従おうとするが、クライン市民は反骨心剥き出しで彼女を睨み付けた。



「軍が出しゃばるな! これは市民の問題だ!」


「その市民を抑えるのが我々の仕事です。これ以上は暴動に発展する為止めさせていただきます」



 クライン市民は不快気に舌打ちしながら尚も引き下がろうとしない。



「そもそも貴様等が俺達を冷遇するのが原因だ! それを改善するのならば何も言わん!」


「貴方方を冷遇した事はありません。皆正当に平等に配慮した上で遇しております」


「なら俺達に部屋を融通しろ‼︎」


「ならそれ相応の働きをなさるべきでは? 同じ避難民である者達が給仕などなさって、しかも多くは部屋も与えられずテント暮らしのまま()の為働いております! なのに何もしない貴方方に部屋を割り振るのは、心身的苦労を自ら選択した者達への無礼となるでしょう。違いますか?」


「ボランティアに参加すれば部屋が与えられるんだな?」


「いえ、全て埋まっているので無理です」


「じゃあ、やっても意味ねぇだろ‼︎ 良いから部屋を寄越せ‼︎」



 支離滅裂にも程がある主張である。現在、部屋を割り振られているボランティア達は、部屋を融通されるとは知らずに率先して働いた者達であり、部屋が欲しいが為にしか働こうとしない者達と比べるべくも無い優先度である。しかも、融通されないと分かっていて働く者まで居るのだ。クライン市民を優遇する理由がない。


 まして、彼等は助けられている身。不満はあれど劣悪でない限り我慢する義務がある。


 現在、彼等には暖かく質の良い食事、仮設ながら与えられた住まい、度々与えられる衣類、生活するには困らない施しをクライン市民は受けている。贅沢さえ我慢すれば十分に耐えられる筈なのだ。


 彼等は贅沢を求めるが故の反意しか持ち合わせていないのである。


 アンナは長々と続くクライン市民の怒鳴り声を受け止めつつ、なかなか治らぬ彼等を武力を使わずに何とか鎮静化させる事が出来た。


 不満はやはり残りながらも、クライン市民及び男爵領民は各々(おのおの)解散し、アンナ達だけがその場に残る。



「何とか治められた……」



 アンナは疲労と解放感から大きな吐息を吐いて終わらせるが、兵士の1人が、腰の剣の柄を握り締めながら怒りに手を震わせる。



「アイツ等……恩を仇で返すような所業を繰り返しやがって……これで12件目だ。いい加減、斬っても文句は言わんだろう!」


「ボンさん! それを言ってはいけません」



 第1部隊所属の青年マルコ・ボン。アンナがフライブルク軍に属する前から在籍している彼女から見て先輩である。


 アンナに(さと)されたボンは、未だ抑えられぬ怒りに奥歯を噛み締める。



「アンナ……しかしだ、このままだと間違いなく奴等は暴動を起こす。飴だけでは多分抑えられん。事前に鋭利な鞭を見せ付けるべきだ! 脅しだけでも効果はあるだろう!」


「駄目です」


「アンナ‼︎」


「彼等を負の意味で刺激すれば、辛うじて保たれている暴挙のダムが決壊してしまいます。それに……これはエルヴィンの命令でもあります。決して、クライン市民へ軍としての恐怖を押し付けないようにと」



 領主であるエルヴィンの名、それが出た時点でボンは苦々しくも口を閉ざした。彼は領主を敬愛しており、彼の言う事には正しさがあると信じているのだ。


 兵士達は皆不満があるものの領主の(めい)には逆らえない為、矛に手を掛ける手前で我慢し、各々(おのおの)の職責を全うする為、解散する。


 そして、そんな彼等の我慢で震える背中を、怒りが理解できるアンナは不安を感じながら眺めていた。



「確かにクライン市民の行動は目に余る。しかも、段々と過激化しているようにも思う。まだ暴力性は無いけど、いつ暴発するか……」



 問題が増えていくクライン市民との関係。それを憂いながらアンナは髪に添えられた髪飾りに手を伸ばし、触れた。



「ここにはテレジア様も居る。あの方には危害が加えられないようにしないと。じゃないと……」



 アンナの脳裏に思い出したくもないあの日の事が蘇る。



「あんなエルヴィンは、もう見たくない……」



 テレジアは当然、アンナにとって大事な存在だ。そして、エルヴィンにとっても大事な存在だ。


 彼女が傷付けられ時、彼の道徳心は大きく欠落する。


 クライン市民を見捨てた時など比にならにならない程に。彼は非道と成り果ててしまう。


 それだけは防ごう。決意と共に、アンナはテレジアの下へと向かうのだった。

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