6-29 無慈悲な宣告
世暦1914年8月13日
街を脱出し南へと進んだクラインの人々。そして、遂に、彼等の前に人が確実に居る街が現れる。
その街は、周りを大きな城壁に囲まれ、その上で兵士と思われる人々が此方を見下ろしていた。
「やっとだ……これで助かるぞ!」
「もう歩けん……」
「やった! やった‼︎」
辛く長い旅路の果て、やっと辿り着いた目的地。救済の手を差し伸べてくれるであろう人々の街。
辛さで負の可能性に盲目になっていたにせよ、少なくとも助かる可能性がある事は、何も知らぬ彼等にとっては事実であった。
そして、彼等の上方、街の門の上、城壁の上に1人の男が現れ、彼等を見下ろす。
「フライブルク軍第1部隊隊長ルートヴィッヒ・コブレンツだ! 貴殿等は何者だ! 何用でこれ程の大所帯で此処を訪れた‼︎」
問いを叫ぶ男ルートヴィッヒ。外見は不良軍人と呼べ、軍服の上着ボタンを外しているが、隊長と言うからにはフライブルク軍の幹部だろう。
クラインの人々の代表、市長であるルディ・カルフは前に出ると、軽く会釈し、ルートヴィッヒを見上げる。
「我々はカールスルーエ伯爵領クラインの街から逃げて来た者達です! 伯爵領では討伐軍が意味の無い暴挙を働き、我々も巻き込まれる危険があります! この地の御領主様に我々を保護して貰えるよう、御願いしたい!」
この地の領主は寛容だ。その希望を胸にここまで来た。
彼なら助けてくれる。自分達は助かる。
まるで確定したように、確実に助かるように、彼等は思えて仕方なかった。
そんな明るい未来を頭に浮かべながら、クラインの人々は告げられる。
「貴殿等をこの街に入れる訳にはいかん! 即刻立ち去れ!」
突き付けられた拒絶。絶望を示す拒絶。
彼等の希望は儚く崩れ去った。
「ど、どうしてですか‼︎ 何故、助けてくれないのですか‼︎」
カルフ市長が叫び、それにルートヴィッヒは淡々と答える。
「貴殿等を助けて、俺達……我々に何の得がある?」
「得? 得ですと? 人を助ける慈悲を貴方方は持ち合わせていないのか‼︎」
「結局は貴族か……」
「この人で無し供が‼︎」
口々に喚き、嘆き、怒鳴り散らすクラインの人々。
事前に助けてくれない可能性を考慮していたのも忘れ、希望を打ち砕いた目前の奴等へ怒りをぶちまける。
「良いから助けてろぉお‼︎」
「門を開けろぉおっ‼︎」
希望を砕かれたクラインの人々は、背後から迫る脅威に押され、何とか助かろうと門を叩き、こじ開けようと体当たりする。
まるで暴動、まるで侵略者、クラインの人々に冷静さは無く、見えているのはただ己が生命の存続。
中には我先にと他を押し退け、門に張り付く者すら居た。
「クソっ! とっとと俺達を助けろや、このクズ供がぁあああっ‼︎」
その瞬間、城壁から銃声が鳴り響き、クラインの人々、その足下に弾丸がめり込む。
「良い加減にしろ!」
ルートヴィッヒは軽い軽蔑の眼差しで、クラインの人々を見下ろす。
「ここは俺達の街だ! お前達を助ければ、お前達を狙う奴等がこの街を荒らすのは目に見えてんだよ! だから助ける気はねぇ! 早く去れ‼︎」
ルートヴィッヒに告げられた言葉で、クラインの人々は沈黙するが、彼を嫌悪感に濁った瞳で睨み付け続けた。
「言っておくが……このまま居ると、カールスルーエ伯爵領に居た討伐軍が駆け付け、お前等もヴェアーデンの奴等の様に虐殺されっぞ!」
ルートヴィッヒの忠告に、クラインの人々は睨む余裕も無くし消沈する。自分達が追われているという最悪の事実が明かされたのだ。最早、絶望の底の何ものでもない。
「どうすれば良いんだ……もう逃げる所が無い……」
「このままじゃ、殺されちまう……」
半ば確定した自分達の死や地獄に打ちひしがれるクラインの人々。
希望が消え去った光ない道に、只彼等は座り込むしかなった。
最早、恨みを連ねる元気すらなくなったクラインの人々をチラリと見下ろしながら、ルートヴィッヒは軽い溜め息を零し、城壁を降りた。
ヴンダーの街、西門前広場。此方にもテントが張り巡らされているが一般市民らしき姿は無い。居るのは軍人だけであった。
ヴンダーの街には入り口が2箇所しか無く、東門が魔獣の森と接している以上、西門から敵が来るのは確実である。その為、西門に仮設陣地を設置、付近の住民も避難させたのだ。
ルートヴィッヒはその仮設陣地内を歩き、西門司令部であるテントに入ると、地図を眺める男に敬礼する。
「御領主様、一団への勧告、終わりました!」
「御苦労様……」
男はエルヴィンであり、彼は今、2万の兵とぶつかった時用に、アンリと万が一の策を練っていた。
しかし、その姿を見たルートヴィッヒは妙にニヤける。
「何だい?」
「いや……ぷっ、わりぃ……」
クスクスと笑うルートヴィッヒ。それに珍しく少しふて腐るエルヴィンだったが、彼の片頬は、誰かに叩かれたように赤くなっていた。
「いやぁ……まさかアンナがお前にビンタするとはねぇ……」
「うるさい。茶化さないでくれよ……」
ヒリヒリする頬を摩るエルヴィンに、笑い続けるルートヴィッヒ。
しかし、その横で、アンリは申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「申し訳ありません、領主様……娘が暴力を振るってしまい……」
「いや、良いですよ……謝る必要はありません」
「しかし……」
「これが私にとって一番良い反応なんですよ……」
エルヴィンは苦笑する。それは申し訳無さそうな、自分を嘲笑うような、軽蔑するような、少なくとも良い意味の笑みではなかった。
すると、それにルートヴィッヒは、不敵だが、少し優し気な笑みを向ける。
「やれやれ……お前、不器用にも程があるよ」
「門の外、伯爵領から逃げて来た住民を見殺しにしようと言うんだ。当然の報いだよ……いや、これでも軽いだろうね」
「大切な友に拒絶されるのは、お前にとって1番キツイだろうに……ま、拒絶まではいかねぇか」
ルートヴィッヒが肩をすくめると、エルヴィンは後悔するかのように目を伏せる。
「やっぱり……アンナに、嫌われてしまったかなぁ……」
「アイツがお前を嫌う事はねぇよ。ただ……ショックは受けてるだろうな」
「君はどうなんだい?」
「別に何とも……俺はお前の判断を間違いだとは思っていない。領主として冷徹で冷酷な判断を下しただけだしな」
「正しい判断、とは言わないんだね……」
「結果も出てねぇのに正しかは分からねぇよ」
「確かに……」
最後にエルヴィンは苦笑すると、アンリを待たせている事もあり地図へと向き直った。
クライン市民を見捨てるにせよ、2万の敵が攻めてこない保証はないのだ。
そして、エルヴィンは対策を練る。
軽蔑させた森人の少女。彼女の涙を思い出しながら。




