6-27 追う者
世暦1914年8月9日
ドライの街に北から異様な一団が姿を現わす。
全員が統一性の欠片も無い服を身に纏い、全員が薄汚く汚れた雰囲気である。
何より、全員がバラバラの武器を所持しており、一般人でない事は確かだろう。
そう、彼等はミュンヘン公爵に雇われた傭兵達であった。
「チッ! もぬけの殻じゃねぇか!」
傭兵の1人が不快気に足下の小石を蹴り飛ばす。
「立て続けに街には誰も居ねぇ……前の街には食料や貴重品置きっ放しだったが……人が居ねぇから奪う楽しみがねぇ。女も犯せねぇし最悪だ!」
「まったくだ……ツマらねぇったりゃありゃしねぇ!」
下品極まる発言が傭兵隊から次々に告げられる。しかし、その量は尋常ではなかった。
ドライの街に入った傭兵。その数は2万近くにも達していたのだ。
「あ〜あっ! 折角略奪し放題っつぅ仕事を受けたのに、これじゃあ意味ねぇじゃねぇか!」
「帝国の叛逆者殿の領都で散々略奪しまくってた奴が何を言うんだ……」
「精々はした金程度だ! ほとんどミュンヘン公爵のお抱え兵士どもに先越されたんだよ!」
傭兵。主に金さえ積めば何でもやる戦闘のエキスパート達である。
そして、特定の拠点を持たず、安らげる場所も無く、常に命の危険と隣り合わせでもある彼等は、大抵戦場が職場であり、その中で、略奪、強姦、殺人を娯楽として楽しむ傾向がある。勿論、例外も多いが。
今回の反乱鎮圧に参加した傭兵は、欲望の権化たるミュンヘン公爵が集めた者達であり、類は友を呼ぶがごとく、先程述べた傾向ばかりの奴等が集まってしまった。
カールスルーエ伯爵領でミュンヘン公爵が抑えた街では、公爵麾下の地方軍に混じり、彼等はあらゆる欲望を具現化させていたのだ。
「チッ……まぁ良い……こっちに前の街の奴等が来たのは間違いねぇ。こっから何処へ行ったのか、だ……」
「あっちじゃねぇか……?」
数人の傭兵が、ヴンダーの街へと続くタイヤ痕と足跡を見付ける。
「あっちに行けば、前の街の奴等が居るって事か……」
「ひゃっほー! また犯し放題だぜ‼︎」
「よっしゃ! 行くぞぉおっ‼︎」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」
正に蛮族と呼ぶに値する様子だろう。彼等に道徳などという言葉は皆無であり、あるのは欲望を満足させるという興奮のみであった。
しかし、どうやら全員が完全なる野蛮という訳ではないらしい。
「やれやれ……品が無い……あんな奴等の同僚と思われるのは御免だな……」
呟いた男。彼も傭兵の1人であった。
その風貌は、ボロボロの軍服に無精髭、背は平均より低めで、片手には酒が入った水筒を握っている。
小汚い軍人崩れ、彼は正にそれなのだろう。
無精髭の男は、水筒の酒を飲むと、足跡を追って行く他の傭兵達を軽い蔑みの目で見詰める。
「まったく……平然と虐殺や強姦に走るなんぞ、人の道外れ過ぎだろう。精々略奪に留めんのが人ってもんだ」
「それでもロクでもないですぜ」
手厳しいツッコミ。無精髭の男と同じ傭兵団の仲間である。
「俺達は傭兵。一応、金銭は貰ってんだから、略奪する意味はない訳ですからなぁ」
「あんだけで物足りる訳ないだらう? 命懸けの仕事でアレだけじゃ割に合わねぇ。だから略奪するしかねぇ」
「だったら、俺達もそろそろ行こうぜ……奴等に先越されちまう!」
仲間の意見に、無精髭の男は鼻で笑う。
「そう慌てんな……どうせあの馬鹿共は最初、女漁りに夢中になる。金品には手を付けねぇ。その隙に、俺達は財を奪いとれば良い……出来れば脅しでな」
団長はニヤリと笑みを仲間に向けると、水筒の酒を喉に流し込むのだった。




