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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
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6-25 無防備宣言

 ヒルデスハイムからフライブルク軍ドライ基地を経て、ヴンダー司令部へと届けられた謎の一団の報は、直ちにエルヴィンへと告げられた。



「何事ですか⁈」



 報を聞いたエルヴィンは、フライブルク軍司令部にある通信機に囲まれた作戦室へとアンナと共に赴き、司令官であるアンリの敬礼を受ける。



「時刻1128時、ドライ基地所属の騎龍が警戒巡回中、北方より迫る謎の市民の一団を発見したとの事です」


「市民というのは確実なんですか?」


「一団の着る服に一貫性が無い事から判断しましたが……可能性は高い筈です」


「少なくとも軍では無いですね……」



 エルヴィンの表情に深刻さが増す。

 目視で数え切れない程の市民が移動する自体、異常ではあるが、それにしても彼の表情は険し過ぎた。



「エルヴィン? 何か気になる事でも……?」


「アンナ……何で市民は大移動していると思う?」


「住み場所を失ったから、でしょうか……もしくは何かを恐れて……」



 この時、アンナとアンリもハッと気付く。



「おそらく……彼等は何かに追われている。そして、それは彼等にとって危険なものである。つまり……」


「反乱軍の残党、もしくは暴走した討伐軍の略奪部隊が彼等を追っている……」


「アンリさんの考え通りです。ただ単に反乱鎮圧の余波に巻き込まれるのを恐れて、という可能性も考えられますが……」


「警戒に越した事はありませんし、何もせず前者だった方が恐ろしい」



 エルヴィンの考えを聞いたアンリは直ちにフライブルク軍全軍へ警戒態勢をとるよう指示し、その横でエルヴィンも机に敷かれた地図を眺め、顎を摘みながら考える。



「アンナ……君の目から見てドライは防衛戦向きかい?」


「地理的にも街の構造的にも向きません。確かに小山はありますが、大軍を迎え撃つには心許ないかと」


「やっぱり、1番防衛戦に向いているのは此処だよね……」


「魔獣対策の城壁に、万が一魔獣の侵入を許しても迎撃し易いように、街自体も入り組んでいます」


「そうか……」



 エルヴィンの眉間にシワが寄る。思い付いた案があまりに実行し難いものだったからだ。


 しかし、それが最善なのだと分かっており、彼は決断するしかない。



「アンリさん……ドライに無防備宣言を出して下さい。そして、街の人々をヴンダーへと避難。その途上にある村々も放棄させ、此処に避難させるよう各駐在兵に指示を」



 エルヴィンの命令に場が沈黙する。


 間違った命令、呆れた命令ではなく、最善に近い命令だと分かっているが故である。


 ドライ市民2万人、村人達も合わせ3万と少し、全員をヴンダーへと避難させる。


 つまり、3万人近い人間を家から、故郷から引き剥がそうというのだ。


 彼等の心中を思うと苦々しさが口の中を支配する。



「アンリさん……ヴンダーの備蓄は大丈夫ですか……?」


「大規模魔獣災害用の物が豊富にありますので1週間は持つでしょう」


「1週間か……心許ないな……ジョイントの街からも物資を運ぶように命令を! キール子爵領から買い集め、巨龍(リンドヴルム)も派遣するので活用するようにと!」


「はっ! 直ちに……」



 少しやり過ぎだともエルヴィンは考えた。しかし、最も怖いのは何も準備せずにいる事だと知っている。やり過ぎならやり過ぎで、その余った分を他に有効活用すれば良いのだ。


 足りなくて大切な物を失うより、ずっと良いのだ。




 ヴンダーより届いた連絡によりドライの街では、非常事態を報せるサイレンがけたたましく鳴り響き、ドライ基地の兵士達によって市民の脱出が促されていた。



「持てる荷物を纏めて移動の準備を‼︎」


「怪我人や御年寄など歩けない人はバスやトラックへ‼︎」


「慌てる必要はありません! 時間はたっぷりとあります‼︎」



 街の各所で聞こえる兵士達の声に、街で走り回る市民達。


 喧騒に包まれているが暴動が起きないのは、ドライ基地兵士達と良好な行政環境の賜物(たまもの)だろう。



「何とか、混乱だけは防げているな……」



 ドライ基地屋上から街を眺め、フライブルク軍第3部隊隊長である40歳近くの獣人兵士ヴェンツェル・エアランゲンは取り敢えず安堵した。



「突然の宣言に市民は不安になっている筈だが、それが暴発しないのは、やはり領主様の人望の厚さ故か……」


「こんな状況も、領主様に考えあっての事だと、自然に納得してますからね、我々……」



 副官の言に、エアランゲン隊長は苦笑を(こぼ)す。



「あの方の考える事は大抵我々に利となりえる。それは、あの方が今迄行って来た行動で証明されている。だからこそ、我々も安心して、やり甲斐を感じながら仕事が出来るのだ」


「良き職場ですね……」


「そうだな……」



 エルヴィンは良き領主というのは彼等も知っている。そして、何より消耗品である兵士達を、彼は決して使い潰さない。


 だからこそ、フライブルク軍の兵士達はエルヴィンに喜んで従えるのだ。



「街の全住民奪出まで何日掛かる?」


「おそらく最低3日ですね……」


「北から来る奴等の到着は?」


「ヒルデスハイムからの報告では4日程だそうです」


「ギリギリだな……」



 北から来る市民自体が危険ではないが、このまま接触するのは、彼等の背後から来る脅威に否応無しに関わってしまう可能性が高い。

 彼等がドライに到着する迄には市民脱出を完了しなければならないだろう。



「極力急がせよう。しかし、強制的ではなく促すように。軍用の輸送車や馬車も全部使え! 3日で完了させるぞ‼︎」


「はっ‼︎」



 エアランゲン隊長指揮の下、ドライ市民の脱出が行われる。


 隊長達の活躍もあり、結果、最短の3日で、都市の無防備化は完了した。

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