6-24 騎龍
世暦1914年8月3日
フライブルク男爵領ドライの街の更に北。1匹の"騎龍"が1人の兵士と通信機を背に乗せ、雲の下を飛行していた。
"騎龍"太古の昔から存在する軍隊に於ける空の覇者。現在に至るまで空軍の主力として活躍している。
また、その種類も複数あり、
火を噴く戦闘向きの火龍
速度に秀でた飛龍
飛行高度と運搬に優れた巨龍
これ等が存在し、フライブルク男爵領には飛龍3騎と巨龍2騎が配備されている。
偵察の為に飛行する飛龍。それに跨り、高高度と煽り風による寒さから守る為少し厚手に着込み、目を守る為ゴーグルを掛けるフライブルク軍兵士ヴァルター・ヒルデスハイムは、下の森を眺めながら、通信機を起動する。
「こちらヒルデスハイム……今の所異常無し!」
『警戒は怠るな……反乱軍の残党や暴走した討伐軍兵士が攻めてくるかもしれん。それを防げるかどうかはお前の働きに掛かっている』
「大袈裟かつ精神負荷は止めて下さいよ……逆にやる気が削げます」
『そん時は給料減給、もしくは最悪クビだからな』
「横暴だ‼︎」
通信機越しの上官に叫ぶヒルデスハイム。
彼の年齢は26歳。空軍士官学校卒業のエリートだったが、軍の堅苦しさに馴染めずに中退し、給料は他の地方軍に劣るがフレンドリーという噂があったフライブルク軍に入隊。
魔獣に対抗出来るようにとの事で、他の地方軍より厳しい訓練に挫折しかけたが、フレンドリーは事実だったので、現在まで在籍し続けている。
実際、上官との通信も軽いジョーク混じりの賑やかなものであった。
『ヒルデスハイム……本気で確認するが……ちゃんとやってるよな?』
「やっておりますとも! 減給もクビも嫌なんでね」
『なら良い。こっちとしても貴重な騎龍乗りは手放したくないからな』
騎龍は貴重だ、というのはこの世界に共通する価値観だ。
理由として、1つは騎龍自体が珍しい点で、騎龍は人間よりも長命ではあるが繁殖能力が低く、1組の番いで最高3匹の子供しか生まない。簡単に増やせないのだ。
そして、もう1つの理由は、騎龍を操る者、"騎龍士"の育成が難しい点である。
騎龍士になるには最低4年の訓練が必要とされ、更に龍自体が乗り手を選ぶ生き物である為、自分に合った龍に会うのに平均で1年掛かる。
その為、数少ない自領の騎龍。それに乗れる騎龍士として働き続けているヒルデスハイムはフライブルク軍にとっても貴重な人材だったのだ。
『お前が来てくれたお陰で、今迄飛ばなかったじゃじゃ馬が働いてくれる様になったからなぁ……感謝してるよ』
「じゃじゃ"馬"じゃなくて、じゃじゃ"龍"ですよ」
『あははははは! そうだな! じゃじゃ龍だ! あはははははは!』
「ま、御役に立ててるなら結構ですが……1度は肉食龍に乗ってみたいものですね……」
騎龍として扱わられている龍は下級龍、草食龍であり、肉食龍イコール中級龍以上となる。
『やっぱ、龍騎士に憧れんのか?』
「世の騎龍士を目指す男共は皆憧れているんですよ。御伽噺に存在する龍騎士にね。だから騎龍士を目指すんですよ」
『中級龍以上は希少な上に扱いが難しくて、最悪命の危険を伴うからなぁ……実際、中級龍に乗ろうとした奴の末路を見た事がある』
「どうなったんですか……?」
『聞きたいか…………?』
「今すぐ巡回に専念させて頂きます‼︎」
聞かずとも大体わかったので、実際に聞くのが怖かったので、ヒルデスハイムは話を途切らせた。
「はぁ……龍騎士の夢も遠い、という…………ん?」
突然、真下を監視していたヒルデスハイムの目が止まる。
「アレは……人? か……? ……人だ! 人が居ます‼︎」
『人だと⁉︎ 数は⁈ 軍旗は⁈ まさか……本当に残党や討伐軍が攻めて来たのか……』
「高度を落として確認します!」
ヒルデスハイムは騎龍の手綱を操り、グングン高度を落とし、見えた人の服の色ぐらいは分かる位置で手綱の操作を止める。
「アレは……色鮮やかだ。服に統一性がない、という事は一般市民だろうが…………しかし……」
ヒルデスハイムは冷や汗を流す。
確かに彼等が軍隊でない事は確かだろう。実質的な危険は無いと言って等しい。
しかし、数があまりにも多かった。視界に入る森一帯が、彼等により埋め尽くされていたのだ。
「緊急連絡! ドライ北方にて謎の一団を発見! 数、極めて多し‼︎」
ヒルデスハイムが発見した1団は南へと逃げるクライン市民約1万人であった。
そして、この認知から、フライブルク男爵領に1つの嵐が舞い込む事になる。




