6-22 クラインの人々
カールスルーエ伯爵領南方に位置する街クライン。人口1万人に及ぶ人々は皆、恐怖に震えていた。
「おい! 聞いたか……? 西のワーンハウスの奴等が討伐軍によって皆殺しにされたって……」
「伯爵が反乱なんぞ起こすからだ! その所為で俺達までトバッチリだ!」
貧困に苦しむ民を想い反乱を起こしたカールスルーエ伯爵。実際、愚痴を零す彼等の身なりは古着の様に少し汚い。少なくとも、真新しい服を着ている者はこの街には居なかった。
しかし、伯爵の意思を知らない彼等にとっては結果が全て。結果的に身の危険を感じたから文句を言うしかないのだ。
「クソ……俺達もこのままじゃ皆殺しだ……」
「それはどうだろう……? 言っちゃなんだが此処は辺境だぜ? ワザワザ来ねぇだろう」
「実は……俺の叔父がカールスルーエ軍に居んだよ。もしかしたら連座的に俺も……」
「あ〜っ! 俺達は終わりだぁあっ! 死にたくねぇえええっ‼︎」
街の人々に不安が広がる。
カールスルーエ反乱を発端としミュンヘン派の兵士が伯爵領各地で暴挙を繰り返していたのだ。それが此方まで波及するかもなど悪夢どころの騒ぎではない。
「どうすんだ⁉︎ どうすんだ⁉︎」
「このまま街に止まっていたら死んじまう‼︎」
「逃げるしかねぇ!」
「何処に……?」
危険を回避するには逃げるのが1番だ。
しかし、逃げ場が無い。
北や西はミュンヘン派により地獄の炎に包まれ、東は魔獣が跋扈する危険地帯。南に逃げようにも別の領地で簡単に入れるかも怪しい。最悪、討伐軍に引き渡されて終わりという危険もある。
八方塞がり。何処も危険。絶望の淵。
死を待つ武器持たぬ羊。彼等は北から迫る欲塗れの狼供に食われる運命。
そんな絶望が迫る中、選択肢など1つしか無い。
「南に逃げよう!」
最も危険が少ない場所。それは南であった。
北と西はミュンヘン派というか脅威が。
東は魔獣という脅威が。
留まれば虐殺という脅威がやってくる。
南も欲深い貴族という脅威があるが、彼等の耳に、とある希望が入って来ていた。
「南の領主は寛容だと聞いた事がある。もしかしたら我々を助けてくれるかも知れん」
「しかし、貴族である事に変わりはねぇだろう? 大丈夫か……?」
「何処に行っても貴族の足下だ。それなら、多少は足下にも目を配ってくれる奴が良い」
「だな! よしっ、南に逃げよう!」
クラインの人々は南への逃亡を決意する。それは奇跡的にミュンヘン公爵の手から逃れる最適解となるが、意図せず彼の思惑成就に手を貸す結果ともなる。




