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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
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6-20 2人の公爵

 内務大臣ハインリヒ・ルイボルト・ミュンヘン公爵。帝国に存在する2大公爵家の片翼である。そして、もう片翼のデュッセルドルフ公爵とは政治的敵対関係にある人物でもある。


 帝国宰相であるデュッセルドルフ公爵。そちらの方が政治的立場は上であるが、内務大臣麾下の内務省は警察関係など司法の番犬も従えており、当然、秘密警察も麾下に存在する。

 その為、脅し、隠蔽、恐喝、冤罪などの操作が容易に乱用され、ミュンヘン公爵は影の権力者足り得ているのだ。


 当然、そんな奴が眼前に居て、もう片翼の公爵が喜ぶ筈も無く、友好的である筈も無い。



「何故、貴公がここに居る……ここは我等が派閥の領地。反乱鎮圧も我等の仕事。それを邪魔する気か……?」



 棘というより短刀を突き付けるデュッセルドルフ公爵の鋭い言葉。それにも、ミュンヘン公爵はニコニコと振る舞う。



「これは出過ぎた真似をしました、申し訳ありません……しかし、私とて帝国が忠臣! 逆賊を放っておく事など出来ず、衝動的に動いてしまったのですよ!」



 減らず口を……貴様に帝国への忠誠心などあるものか! あるのは己が欲望のみであろう!


 デュッセルドルフ公爵は内心毒気吐きながらも表情は崩さない。



「貴公の忠誠心には感服するが……にしてもやり過ぎではないかね? これは……」



 街を焼き、民を殺し、女を犯し、財を略奪。ミュンヘン公爵によって、ヴェアーデンは1夜にして犯罪都市、無法都市と成り果ててしまった。やり過ぎでは済まないだろう。



「彼等とて元は帝国の臣民。反乱に実際に加担した訳ではあるまい。無闇に殺すのは如何なものか?」


「いやいや……彼等とて領主の蛮行を止めなかった以上同罪です。しかし……宰相閣下の言にも一理ありますな。直ぐにでも止めさせましょう」


「それで良い。雑草が如く湧き出るとは言え、あまり減らし過ぎても税が減るからな」



 互いに向き合う2人の公爵。関心の薄い民草の話をしながら、彼等は内心こう思っていた。


「「さっさと死ねよ害獣が!」」と。


 勿論、口には出さないが、彼等にとって最も殺したい相手が目前の政敵なのだ。



「ミュンヘン公……前々から思っていたのだが、名のハインリヒは改名すべきではないかね? 偉大なるハインリッヒ帝の名を冠するなど不遜にも程がある」


「ハインリッヒ帝を敬愛するが故です。かの偉大なる御仁の名を名乗る栄誉をみすみす手放したくありません」


「そう言いながら、その名は帝位簒奪の意思表明ではないのかね?」


「御冗談を……先程も申した通り、私は帝国の忠臣! そんな不敬な思惑などあろう筈が無いでしょう。……それならば、そちらは何故、みすみす今回の反乱を許したのですか……? まさか! 帝国の兵力を削ぐおつもりだったのか!」


「それこそ冗談だ。我々は手足の一部たる私兵を投げ打って討伐に赴いた。実際、此方は少ながらずの損害を被っておる。貴公のそれは明らかな侮辱であろう」


「これは私の目が節穴でしたな……申し訳ありません」



 御互いに帝国、皇帝への忠誠心など持ち合わせていない事を知っている。皇帝の椅子を狙っている事も知っている。

 しかし、確たる証拠、糾弾する証拠は無く、それを手に入れる為に舌戦を繰り広げるのだ。



「聞き損ねていたが、ミュンヘン公……逆賊の首魁は捕らえたのか……?」


「今、屋敷に押し入っている最中でしょうから、もうそろそろ……」



 すると、丁度、2人の兵士に連れられ、両腕を後ろで縛られた男が、両公の前に突き出され、跪かされた。何度か殴られたのだろう、顔には切り傷や痣らしきものが見てとれる。



「久しいなぁ……2ヶ月前、私の屋敷で開いた晩餐会以来になるか? ()()()()()()()()()



 跪かされた男、逆賊の首魁カールスルーエ伯爵は、馬上から見下すデュッセルドルフ公爵の顔を下から睨み付ける。



「私は会いたくありませんでしたよ、宰相閣下……」


「卿も愚かな真似をしたものだ……貴公ごときで帝国な太刀打ち出来る訳がなかろうに……」


「民を塵としか見ない貴方方の下に居るよりマシだ。まして、このように平然と街を焼くような者達の下になど……」


「これをやったのは私ではない。文句ならそこのミュンヘン公に言うのだな」



 名指しされたミュンヘン公爵はやれやれと肩をすくめる。



「もしくは、貴公が信頼して反乱の企みを打ち明けたにも関わらず、裏切って密告したフライブルク卿にだな」


「男爵は反乱を止めるよう忠告して下さった! それを無下にした私の落ち度だ! 断じて恨む理由は無い‼︎ 私の反乱に気付きながら、忠告も無しに攻撃するような貴方方と違ってね!」


「負け犬の遠吠えだな。貴公は負けた、そして死ぬ。我々に何を言おうとその未来は変わらん」



 カールスルーエ伯爵は失敗した。帝国に負けた。叛意を示した以上、死は決定付けられている。

 デュッセルドルフ公爵の言う通り、何を言おうが、しようが無駄だった。


 しかし、彼に絶望感は無い。


 彼には希望が残っていた。


 己が最大の宝である妻子が逃げていたからだ。


 彼女達が生きているなら、例え死んでも悔いは無いと、伯爵は思っていたのだ。



「あ〜っ! そう言えば……南方へ逃げる一団を、私の部下が捕らえたんだが……」



 ミュンヘン公爵の白々しく演技めいた言葉に、伯爵の背を悪寒が駆け抜ける。



「確か……えっと……そうだ! 執事1人に女性が1人、幼い女の子が1人だった!」



 伯爵の両目が絶望に見開かれる。



「まさか……まさか、そんな……」


「おや、おや……もしや心当たりが?」



 ミュンヘン公爵の口角が歪み、不気味に口端が吊り上げられる。



「あ〜っ‼︎ 貴方が逃した筈の妻子だったのですね⁈ これは申し訳ない‼︎」



 その時、ミュンヘン公爵麾下の兵士が2つの物をカールスルーエ伯爵の目前に放り投げる。


 それは、妻子を託した執事と、最愛の妻アマーリエの首であった。


 受け入れ難い現実を目視し、言葉を失う伯爵。それにミュンヘン公爵の口元は更に歪む。



「いやぁ〜殺してしまって申し訳ない……。執事は抵抗したのでウッカリ部下が殺してしまい、御婦人はウッカリ部下が犯したうえに殺してしまったらしい……。御息女は御存命だろうが、ウッカリ部下がお楽しみ真っ最中らしい……壊れていないと良いのですがねぇ……」



 ミュンヘン公爵から告げられた地獄の様な真実。悲劇と言うべき現実。


 それ等を突き付けられた瞬間、伯爵の中で硬くそびえ立った何かが、音を立てて崩れ落ちた。



「ああああああああああああああああああああっ‼︎」



 絶望のあまり、叫び、泣き、喚き、額を地面に打つける伯爵。


 希望であった妻と娘を失った。自分の選択を間違えたのが発端で儚く消えた。


 彼にあったのは喪失感と怒り。


 自分自身と、妻子の仇たる男への怒りだった。



「ミュンヘン‼︎ 貴様ぁあっ‼︎ 殺してやるぞ‼︎ あの世で貴様を呪い殺してやるぞぉおおおおっ‼︎」



 カールスルーエ伯爵の憎しみに満ちた双眸を向けられながらも、ミュンヘン公爵は優越感に浸りながら狂った笑みを浮かべ続ける。


 そして、公爵は、腰から拳銃を抜くと、まるで遊ぶように伯爵を撃ち殺した。


 心臓に的中させられた伯爵は、自分の死に様すら知れぬまま、地面に倒れ、絶命し、血の泉を作り上げる。


 呆気なくも、悲劇的な最期であった。

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