6-19 ヴェアーデン大虐殺
世暦1914年7月29日
エーレを奪還したデュッセルドルフ派討伐軍は、西方と進軍を継続。逆賊に奪われた土地を着々と奪還し、カールスルーエ伯爵領領都ヴェアーデンまでもう少しという距離まで迫っていた。
「閣下……そろそろ野営をするべきです。もう日が沈み、行軍には向かぬ時間帯です」
ザルツギッターはそう進言した。
この時、空に青空は無く、ただ暗闇と転々と光る星々のみに支配されていた。
ランタンなどで照らしながら進めば行軍自体に問題はないが、此方の位置が敵から一方的に丸見えになり、奇襲される危険がある。まして、逆賊達が潜む敵地である。この時点で足を止めるのが基本なのだ。
しかし、デュッセルドルフ公爵に暇を作る気は無かった。ある存在が彼を先に進ませようと掻き立てていたのだ。
「今、奴の軍も逆賊討伐に動いている。しかも、我々がエーレを攻撃していた時、奴は逆賊の拠点を攻略していた。何としても、奴より早く賊将の首を刎ねねばならん!」
公爵の瞳には仇敵を射殺す程の憎悪があった。彼にとって奴は、他の追随が及ばぬ程に憎むべき敵なのだ。
「閣下……御気持ちは察しますが……兵を休ませる事も肝心です。特に夜の行軍は兵士に精神的負荷を強います。いざ、戦いとなって、コンディションが欠落しており、無様な結果になる事こそ避けるべきと存じます」
ザルツギッターの言にも一理あった。兵士の損耗など気にする価値は無いが、万が一にも無様な勝ち方や負け方をするのは公爵の矜持が許さなかった。
「わかった……卿の言に従おう……しかし、斥候を出し、ヴェアーデンの様子を確認した後でだ」
公爵の指示により、数人の兵士が先行して逆賊の本拠地たるヴェアーデンへの偵察へと向かい、討伐軍はその間も行軍が進められた。
しかし、軍が300メートルも進んでいないにも関わらず、予想外の速さで兵士達が戻って来た。確かに騎馬は貸し与えたが明らかに速すぎる。
「おい! ヴェアーデンはどうなっていた!」
ザルツギッターの言及に、兵士は顔を真っ青にしながら俯いたままだった。しかし、直ぐに意を決し、彼は公爵に伝える。
「ヴェアーデンは既に陥落……別の討伐軍により奪還された模様……」
別の討伐軍。それを聞いた瞬間、公爵は怒りを滲ませ舌打ちする。
「奴に先を越されたか……忌々しい……」
顔を怒りで硬ばらせる公爵。しかし、それでも兵士の様子は怯え過ぎである。
「おいっ! 他に何かあるのか⁈」
ザルツギッターの更なる言及に、兵士はピクリッと身体を震わすと、恐怖混じりの声色で告げる。
「ヴェアーデンの市民が……市民の骸が……町中に転がっております……今現在、街では……大規模な虐殺が行われております‼︎」
それを聞いた瞬間、ザルツギッターは言葉を失い、公爵からは更なる怒りが込み上げた。
「奴め……私の派閥だった街であり、鎮圧後もそのまま私の所有物になる事を見越して荒らし回っているな……」
公爵は奥歯を噛み締め、鋭い双眸で遥か先のヴェアーデン、そこに居座る暴虐を尽くす奴等を睨み付ける。
彼にとって街が焼かれようと、民が死のうと関係はない。しかし、それが己を狙った悪意あるものとなれば別である。不快極まりないのだ。
「ザルギッター‼︎ 直ちに足の速い兵だけ集めろ‼︎ 早々にヴェアーデンに向かうぞ‼︎」
「はっ‼︎」
公爵達は即座に騎馬や足の速い兵士を選り抜き、ヴェアーデンへと足を走らせた。
カールスルーエ伯爵領領都ヴェアーデン。人口30万の都市で、それなりに綺麗な街並みと賑わいで包まれている筈であった。
公爵達が街へと着いた時、記録や記憶に残る街の姿は無く、あるのは瓦礫と炎と、死体の海。
街の各所で悲鳴が響き、断末魔が轟き、爆音や銃声が鼓膜へと刺さる。
正に混沌。ありとあらゆる欲と罪を練り込み塗装された世界が広がっていたのだ。
「これは酷い……」
「奴らしい野蛮さだな。あんな奴が同じ帝国貴族など反吐が出る!」
奴が関わると冷静さが欠け毒気が出るデュッセルドルフ公爵。これだけの事を平然としでかす奴に、好感など持ちようもない。
そして、目に入れるのも嫌悪する奴。この蛮族どもの長が奴なのだから、この場に居るのは必定と言える。
「これは! 宰相閣下では御座いませんか! 御機嫌麗しゅう……」
恭しく馬上の公爵にこうべを垂れる男。年齢は40代前半と言った感じだが、纏う雰囲気は年老いた妖怪などよりよっぽど不気味で気持ち悪い。
そして、男が纏う軍服は色合いは違うが、正しくデュッセルドルフ公爵が着ている物と同質の代物であった。
デュッセルドルフ公爵は男を見下ろしながら、不快気に目を細める。
「そう畏る必要も無いだろう。何せ同じ公爵なのだから……なぁ? ミュンヘン公」
デュッセルドルフ公爵が敵意を向ける男。彼こそデュッセルドルフ派と並び称される大派閥ミュンヘン派が長、内務大臣ハインリヒ・ルイボルト・ミュンヘン公爵であった。




