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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
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6-18 討伐軍

 世暦(せいれき)1914年7月24日


 エーレを目前に軍を展開したデュッセルドルフ派討伐軍。その中で一際豪奢な軍服を身に纏い、馬上からエーレの町を見渡す初老の男が居た。帝国宰相ヨーゼフ・デュッセルドルフ公爵である。


 彼は遠目で見える街を厳かな姿勢で眺める。



「アレに、()()()()が立て籠もっておるのか……城塞都市でないのが幸いだな」



 逆賊、明らかな蔑称である。



「しかし、敵は打って出る事なく、市街地でのゲリラ戦を仕掛けるでしょう。例の武器の事もあります、御注意を……」



 公爵の軍事補佐官イェルク・ザルツギッターが同じく騎乗しながら主人に警戒を促した。


 しかし、公爵はそれを鼻で嘲笑い、足蹴にする。



「敵の武器など関係はない。戦術など関係ない。我が軍はただ、小細工なしに兵をぶつければ良い。此方には10万も居るのだ、負ける通りなどなかろう?」


「しかし……街には一般市民がまだ居ります。人質にされると厄介です。更に、普通に戦えば兵にも多くの犠牲が出ますが……」


「だから関係などなかろう」



 公爵の言葉にザルツギッターは冷や汗を流す。



「何故、私がいちいち無雑作に沸く雑草の事を考えねばならん。兵士などいくらでも居る。民などいくらでも居る。多く死ぬのは損害だが、今回の戦いで死ぬのは微々たるものだ。気を使う必要もあるまい」



 公爵に兵士や民への関心は無い。彼にとって重要なのは反乱をいかにして治めるか、それだけである。



「だが……略奪や虐殺は防がねばな。我々は文明高い誉ある帝国貴族だ。その様な蛮族が如き所業で家名が穢されては敵わん」



 デュッセルドルフ公爵は帝国貴族内に於いて良識的な方である。民をいたぶり、犯し、楽しむ様な貴族が多い中、彼はそんな悪業は行った事がないのだ。


 危険因子を村ごと焼き払った事はあるが。


 欲に塗れ過ぎずも、自分が欲する最低限の物は手に入れ、守る。

 それを()す冷徹かつ冷酷な判断力を持った人間がデュッセルドルフ公爵という存在であり、だからこそ帝国宰相たりえてきたのだ。



「ザルツギッター……他の諸侯の様子は?」


「ほとんどの者がカールスルーエ伯爵、」


「逆賊だ!」


「逆賊どもを嘲笑っております。愚かな真似をした無能と」


「だろうな。私でも奴は愚かだと思う。強大な帝国に歯向い無事である訳がなかろうに……」



 デュッセルドルフ公爵に憐れみとも取れる双眸が映る。



「本当に愚かな男だ……反乱など早々に気付かれているなど知らず、自信満々に叛旗を(ひるがえ)すとは……」


「しかし、良かったのですか? 逆賊は元デュッセルドルフ派、我等が派閥の汚点となりましょう。暗殺などすれば容易く治められましたでしょうに……」


「心配には及ばんよ」



 公爵に不適で不気味な笑みが現れる。



「逆賊どもの末路を帝国中に示し、反乱などという愚行を未然に防ぐ見せしめとなるからな」



 偶発的な反乱、それを公爵は利用しようと画策していた。予想外の事態でありながら。


 反乱を影で潰すのは容易だが、会えて表で潰し、叛逆者の末路を帝国全土に晒し、反乱の抑止力にしようというのだ。


 公爵は本当に恐ろし御仁だと、逆らってはならない傑物だと、ザルツギッターは固唾を飲み込む。



「では、そろそろ害虫を踏み潰すとしよう。逆賊という名の害虫を……」



 最後に公爵はそう言い残し、討伐軍によるエーレ奪還が開始される。


 戦いの全容はザルツギッターが危惧した通り、逆賊達は軽機関銃を上手く使ったゲリラ戦を展開。討伐軍の兵力は着々と削られていった。


 しかし、エーレを完全に取り囲んだ討伐軍により、補給線も絶たれ、逆賊達の弾薬に限りが出来てしまう。


 弾薬が心許無く、敗北の文字が見え始めた彼等は、10万もの敵兵力に次第に押されていく。



「クソッ! 何て数だ!」


「もう弾がねぇ、どうすんだ!」


「俺は降伏するぞ!」


「馬鹿か! 俺達は今や反逆者だ! 殺されるのが落ちだ!」


「仕方ない……」



 押され始め、敗北必須の逆賊達。しかし、彼等は最後の抵抗として街の住民を盾に、僅かな弾薬と共に政庁舎へと立て籠もった。


 これもまたザルツギッターの予言通りで、流石の討伐軍も市民を犠牲に出来ず、打つ手なくただ傍観し、公爵に判断を仰ぐ。



「建物ごと破壊すれば良かろう……」



 周りにいた全員、言葉を失い立ち尽くした。



「いえ、閣下……中には人質となった一般市民が居ります。彼等を巻き添えにするような事は流石に……」


「何を言うかと思えば……これは戦争だ! 民が犠牲になるのは仕方ない事。しかも僅か数名だ。気にするなど馬鹿馬鹿しい……わかったらとっとと砲撃で破壊せよ」



 討伐軍の最高司令官たるデュッセルドルフ公爵。それ以前に貴族の最高位たる彼に意を唱えるなど、この場の全員が出来なかった。


 兵士達は従わざるを得ず、政庁舎に砲撃を開始。最後に建物は崩壊し、立て籠もっていた逆賊達は瓦礫に押し潰され全滅した。人質となった市民すらも巻き添えに。




 その後、街の各地で起きていた散発的な抵抗も撃破されていき、最後は生き残った逆賊達全員が降伏し戦いが終わる。


 しかし、降伏した者達も国家反逆罪として極刑となり、その場で銃殺された。


 賊軍2080名全滅、討伐軍約5300名戦死、エーレ市民15300名死去。


 賊軍制圧から僅か4日。エーレは帝国により奪還される。1万を超える無辜の市民を犠牲にして。 

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