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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
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6-17 破滅への足音

 世暦(せいれき)1914年7月23日


 初戦、エーレの戦いに華麗に勝利し、手始めに占領地を得たカールスルーエ伯爵は、自分の屋敷で予想以上の戦果に舌鼓を打っていた。



「"軽機関銃"、まさかとは思っていたが、これ程とは……あの薄気味悪い使者には、少し粗末に扱った事への詫びをすべきかもしれん」



 反乱に成功した訳では無いが、初戦での圧勝は彼にとって大きい。


 現在、彼に味方する領主は誰も居ないが、これ程の勝利と敵兵殲滅を成し遂げれば、それに恐怖した者達が味方に着く可能性があるのだ。



「反乱を起こしてから僅か6日。帝国の討伐軍はまだ兵を掻き集めている最中だろう。更に、兵の移動には時間も有する。この間に近隣諸侯を制圧し、跪かせ、兵力を増やしていけば、帝国打倒も夢では無い!」



 伯爵の瞳は希望に輝いていた。


 不可能と思っていた帝国打倒、苦渋虚しい生活からの脱却、民に豊かさを与えられる光明、ありとあゆる負の病への特効薬を手に入れ、それが嬉しくて仕方なかったのだ。



「いける、いけるぞぉおっ! 反乱を起こしたのは正解だったっ‼︎」



 彼にとって最早、疑いの余地は無かった。

 帝国を倒し民に豊かな生活送らせる。それが彼には確定したように思えた。


 そんな風に、カールスルーエ伯爵が光に目を向けていた時、執務室のドアがふと開かれる。



「パパ……?」



 年齢4歳ぐらいの可愛い女の子が、眠そうに目をこすり、熊のぬいぐるみを抱き締めながら現れた。



「アーニャ……寝ていたんじゃないのかい?」


「パパがうるさかったから……」


「本当に? ごめんね……気付かなかった」



 カールスルーエ伯爵はちょっと申し訳なさそうに苦笑した後、優しい笑みに変え、最愛の娘アーニャを抱き上げた。



「アーニャ……駄目でしょう? パパの邪魔をしちゃ」


「アマーリエ、君も来たのか」



 アーニャを追い掛け、伯爵の妻である美しい女性、アマーリエも執務室へと入ってきた。



「ごめんなさい、貴方……私がアーニャから目を離してしまったから……お邪魔じゃなかった?」


「いいや、丁度暇してた所さ。最愛の家族の顔を見れて、逆に疲れが吹っ飛ぶよ」


「まぁ!」



 アマーリエはクスクスと笑い、アーニャはカールスルーエ伯爵の腕の中でウトウトとし始める。



「アーニャ、眠そうだね……ベットに戻ったらどうだい?」


「もうパパうるさくしない……?」


「気をつけるよ。だから、安心して寝なさい」



 伯爵に優しく促され、アーニャは彼の腕から降ろされると、アマーリエに手を引かれ寝室へと戻った。



「これは、本当に成功させねばな……」



 伯爵は決意を新たにした。


 彼には家族が居る。大切な存在が居る。


 もし、反乱に失敗すれば一族郎党皆殺し、という未来が確定する。


 なんとしてもそれは塞げねばならない。だからこそ、一刻も早く他領を征服すべきだ。


 結論を出したカールスルーエ伯爵は、執事を呼び、言伝を預けようとした時だった。先に、壮年の執事が執務室へと入って来た。



「おお! 丁度良い所に、実は頼みたい事があってだなぁ! ……ん?」



 この時、伯爵は執事の様子がおかしい事に気付く。

 彼は、顔を真っ青にし、手足を震わせ、唇すらも震わせ、何かに怯えるようだったのだ。



「おい、どうした……?」



 問われた執事は、震えを何とか抑えながら、主人へ、ある現実を突き付ける。



「エーレに……エーレに反乱討伐軍が、姿を表しました……数は、()()()を越す、と……」



 それを聞いた瞬間、カールスルーエ伯爵の目が驚愕で見開かれ、右手を握り締め、拳を震わせる。



「馬鹿な……早すぎる……反乱が起きてまだ6日で来るだと? あり得ん! あり得る筈がない‼︎」



 そう、あり得ない。反乱勃発、発覚から僅か6日で兵を集め、討伐軍をカールスルーエ伯爵領まで送るなど、最低何十日にも掛かるのが普通だ。しかも、10万の大軍など気安く集められる量ではない。



「それだけの軍、方角から見てデュッセルドルフ公率いる軍か……しかし、何故、そんな早く……」



 伯爵の推測は正しかった。カールスルーエ軍に占拠されたエーレに現れた軍は、デュッセルドルフ公爵直属の軍に、デュッセルドルフ派貴族の軍を統合した軍であった。

 帝国北方にデュッセルドルフ公爵領があり、デュッセルドルフ派の貴族が集中しているので、容易く判断できる。


 しかし、悲報はこれでは終わらない。



「旦那様。討伐軍が現れたのはエーレだけではありません……ワーンハウス南西よりも軍が……」


「馬鹿な! ワーンハウスはキール子爵領に隣接する街。まさか、キール軍が進軍してきたと言うのかぁあっ‼︎」


「いえ、攻めてきたのはキールではありません。現れた軍、それが掲げた軍旗は……"ミュンヘン公爵領"を示すものです。その軍総数、約8万」



 伯爵は言葉を失った。


 デュッセルドルフ公爵だけでなくミュンヘン公爵すらも討伐に動き、しかも領地目前に迫っているのだ。合わせて18万にも及ぶ大軍で。



「勝てない……これではもう、勝て、ない……」



 伯爵は、失意のあまり椅子へと腰を落とし、頭を抱える。



「何故だ……何故こんな早く……事前に私の反乱を知っていたとしか……」



 この瞬間、伯爵はある可能性に至る。


 そう、反乱勃発前に事前に知っていた。反乱が事前に外部に漏れていた。


 そして、伯爵には1人、反乱を漏らした相手が居るのだ。



「フライブルク男爵……貴方か…………」



 カールスルーエ伯爵は苦々しく奥歯を噛み締め、怒りで拳を強く握った。


 しかし、ふと緩む。



「いや……男爵に反乱について話したのは13日前、それでも公爵達の動きは早すぎる。おそらく、それよりも前に此方の反乱が発覚していたと見るべきだろう。男爵は差し詰め、反乱に加担していない事へのアピールに、キール子爵と共に討伐軍へ協力したのだろうな。私が彼の下に赴いたから……」



 伯爵はエルヴィンに半ば裏切られた事に気付いたが、怒りは思ったより湧かなかった。


 彼に会った時、妙な親近感が湧き、不思議な好意を持っていた。


 だからこそ、これが利己的なものでは無く、彼にとって守るべき物の為になした事だと気付いたのだ。



「フライブルク男爵……貴方の言う通り、私は愚かだったようだ……家族の命を危険に晒したうえ、負けるのだから。貴方の言う通り、反乱を思い留まれば良かったか……」



 カールスルーエ伯爵は遅きに失しながらも後悔し、苦笑を(こぼ)す。その表情には全ての力が抜けた様な諦めが見て取れた。



「君に最後の仕事を頼む。私から君に託す()()の仕事だ……」


「旦那様……」


「妻と娘、私の愛する家族を、どうか領外に逃がして欲しい……いや、フライブルク男爵領が妥当か。彼も、流石に年若い子を見捨てはしないだろう……」



 伯爵は死ぬ気であった。自分が思慮を欠かしたが故に犯した過ち。敗北必須に気付かず、家族や領民を危険に晒した失態。その責任を彼は取る気だったのだ。


 それを執事は感じ取り、長年使えた主人との別れを嘆き、目を閉じる。



「旦那様……他に御命令は……?」


「そうだな……妻子に、私の最期の言葉を伝えて欲しい…………()()()()()()()ですまない、と」



 その言葉で、その言葉を告げた伯爵の姿で、執事はもう涙を堪えきれなかった。



「旦那様……どうか、御武運を……」



 伯爵への言葉を最後に、執事は執務室を後にした。主人の最期の姿を目に焼き付けながら。

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