6-11 返答
カールスルーエ伯爵の勧誘。唐突な出来事でありながら、エルヴィンは至って冷静のまま尋ねる。
「何故、私なんですか……?」
「勧誘には驚かないのですね?」
「まぁ……伯爵が此処を訪ねた時点でわかりました。それで、私の質問へと答えは……?」
少し鋭めの追求に、カールスルーエ伯爵は苦笑しつつ、淡々と話し始める。
「先ずは、貴方が軍に属している点です。軍に属し、指揮経験のある者が居るのは、此方としてもありがたい」
「それなら私で無くても良い。佐官経験者の退役軍人なら少なからず居るでしょう」
「確かに……それは付属的理由です。第1の理由は、貴方がキール子爵と親しいからです」
「なるほど……私を味方に付ければ、自給自足が可能なキール子爵領も付いてくる、と……言わば私自身が付属品な訳だ」
カールスルーエ伯爵は首を横に振る。
「いえ、貴方だからこそ勧誘したいのです。そして、貴方にキール子爵を説得して貰いたい。あの時、貴方と話してみてわかりました……貴方は現在の帝国を快思っていないのではないですか?」
カールスルーエ伯爵の指摘、それは正しかった。
エルヴィンは現在の帝国を快く思っていない。思う理由が微塵もない。
前世の日本、そこからみて帝国の現状は悲惨そのものだからだ。
貴族達による権力の私物化。それから生まれる貧困。亜人差別。戦争の慢性化。
ありとあらゆる負の面が、正の面を悉く塗り潰してしまっている。
最早、末期。それがゲルマン帝国を言い表す言葉だろう。
「現在の帝国は滅びゆく寸前。しかし、まだ生命力が残り、癌に侵された身体で細胞達を滅びへと侵食させている。とっとと滅びればいくつかの細胞が生き残るにも関わらずにです‼︎」
伯爵の瞳に確固たる意志が灯る。
「男爵。共に帝国を打倒し、新たな新国家を樹立しませんか?」
新国家樹立。独立ではなく打倒。カールスルーエ伯爵、彼はゲルマン帝国を滅ぼす気なのだ。そして、それをエルヴィンやキール子爵とも共有しようと言うのだ。
確かに、ゲルマン帝国が存続し続けても良い事などない。泣く人間が増えるだけだ。
だったら、一思いに滅ぼすべき、だとはエルヴィンも思っているし、いつかはそうなるだろうとも考えている。
しかし、今ではない事を彼はわかっていた。カールスルーエ伯爵、彼では成し得ない事を知っていた。
だから承諾など出来ず、首を横に振る。
「カールスルーエ伯爵。もし、私とキール子爵。それにハノーファー伯爵を足しても、兵力が圧倒的に足りません。容易く潰されて終わりです。敵となるのは帝国総兵力数百万。それに、たかが数万が勝てる訳がないでしょう。なので、賛同は出来ませんし、反乱など考え直すべきです。最悪、我々が貴方の領地経営の手助けをすれば……」
「それでは問題を先延ばしにするだけだ! それに、もう手遅れなんですよ……」
カールスルーエ伯爵は現状を憂うように、嘆くように目を伏せる。
「もう時勢は動いている。彼等も近い内に動くよう言ってきていますので……」
「彼等?」
「いえ……何でも」
間違いなく、カールスルーエ伯爵の決意は固く強固だろう。それを揺るがす事は誰にも出来ず、誰にも止める事は出来ない。
エルヴィンはその強固さに嘆息し、伯爵へと視線を向ける。最早、何を言っても無駄だった。
「伯爵……今回、私は貴方に協力は出来ませんが、密告などはしない事は御約束しましょう」
「感謝します。此方も、貴方には害が及ばぬように約束します」
「それで結構です」
2人は互いにソファーから立ち上がると、別れの意を込め微笑する。
「フライブルク男爵。話せて良かった。もう少し早く貴方と会っていれば、こうはならなかったでしょう……」
「全くです。手放しで激励する事は出来ませんが……御武運を」
最後は友好的な会話で終わったが、握手はしなかった。
2人は互いに別々の道を歩み、敵となる。そんな相手と繋がりを示すなど、彼等は出来なかったのだ。




