6-9 伯爵と子爵
カールスルーエ伯爵とドレスデン子爵が去った後、流石に疲れたエルヴィンは、会場の隅で壁に寄りかかった。
「まったく……本当に貴族は面倒臭い……何だあの毒々しさ。トリカブトとドクゼリとドクウツギを鍋でじっくり煮込んだぐらい毒々しいよ」
「それに毒で返し、打ち負かした君も、十分毒々しいだろう」
ハノーファー伯爵のなかなかの指摘にエルヴィンは苦笑し、話は本題へと移される。
「で、フライブルク男爵……君の事だ、さっきの会話で何かわかったんじゃないのかい?」
「まぁ、一応……少なくとも、ドレスデン子爵に反乱を企てている様子はないね」
「根拠は?」
「さっき、ミュンヘン派を侮辱した際の御怒りぶり。間違いなくアレは本当に怒っていた。自派閥にあれだけ誇りを持っているなら、反乱を企てようがない」
「ふむふむ、なるほど……」
ハノーファー伯爵はエルヴィンの説明に納得し頷く。
「では、カールスルーエ伯爵はどうかな?」.
「う〜ん……」
エルヴィンは悩まし気に頭を掻いた。
「正直、そっちは謎だね……上手く隠し通してしまっていた」
「容疑者のまま、と言う訳か…………」
「多分、黒に近い灰、だろうね……」
「黒に近い?」
「さっき、デュッセルドルフ派も侮辱したけど……反応が薄いのがどうも気になる」
「君も言った通り、上手く感情を隠してから、ではないか?」
「それだけ、とはどうしても思えない……」
エルヴィンは眉をしかめながらカールスルーエ伯爵へと視線を向ける。
「何にせよ、警戒しないといけないね……」
ドレスデン子爵は白だった。つまり、エルヴィンが警戒しなければいけないのはカールスルーエ伯爵のみだった。注意を向けるのは当然だろう。
しかし、この時、エルヴィンには妙な確信があった。
"カールスルーエ伯爵、彼が反乱を企てている事を"
「いやはや、やっと解放されましたよ……」
エルヴィンがカールスルーエ伯爵への対応を思案し始めた時、派閥勧誘の貴族に繋ぎとめられていたキール子爵が、解放感を携え、ハノーファー伯爵とエルヴィンの下にやって来た。
「キール子爵、御苦労様です」
「ありがとうございます、フライブルク男爵。いや……自派閥を誇りに思うのは結構なのですが、我々を巻き込んで欲しくないものです。無派閥で気軽に過ごしたいのですから邪魔をしないで頂きたい」
「僕も同感だね」
ハノーファー伯爵が無駄に前髪をかきあげながら呟く。
「派閥なんてものは無駄なわだかまりが出来て、窮屈で仕方ない。僕達は自由でありたいのだ。ただ徒党を組めば幸せなどとは……愚かだよ」
無駄に仕草を格好付けてハノーファー伯爵は言ったが、エルヴィンもそれに頷く。
「私達は中央政治から遠く位置し、血みどろの権力争いからは遠い。こんな恵まれた環境にいるのだから、せっかく楽できる生活を潰したくはないね」
楽できる、という言葉が面白かったのか、伯爵も子爵もふと笑いを零し、頷いた。
「ところで、フライブルク男爵……今日はアンナさんの姿が見えませんが…………」
「キール子爵、どうやら今日は理由があって来ていないらしいのだ。やはり、あの清楚な佇まいを拝見できないのは、僕はとても残念だ……」
またも演技めいた口調と仕草のハノーファー伯爵は置いて、キール子爵は話を続ける。
「アンナさんが居ないとなると……フライブルク男爵、他の護衛を連れているのですが?」
「はい……まぁ、性格に難がありますが、手練れの護衛がそこに……」
エルヴィンはルートヴィッヒが居る筈の場所を指差し、振り向くが、彼の姿は忽然と消えていた。
「ん? 居ない……」
「もしや、アレじゃないかい……?」
ハノーファー伯爵に促され、示された方を見たエルヴィン。その瞬間、エルヴィンは頭を抱え、大きな溜め息を零した。
「美しい御婦人……今夜、私と一夜を共にしませんか……?」
「えっと…………誰?」
何とルートヴィッヒは、貴族の子弟らしき女性に、夜這いの誘いを掛けていたのである。
「あの馬鹿! やらないって言ったじゃないか……」
「なるほど……確かに性格に難がありそうですね……」
「ふむふむ、しかし、誘い方は素晴らしい。ちゃんと女性を尊重しているよ」
「ハノーファー伯爵、感心しないでくれるかな? はぁ……アイツ、半年給料減給してやる」
エルヴィンはそう呟くと、僅かな怒りを携え、ルートヴィッヒを引き戻しに向かうのだった。




