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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第6章 カールスルーエ反乱
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6-8 回る舌

 帝国の未来を憂うエルヴィンだったが、そんな先の危機より目の前の脅威である。何処が反乱するのか見極めねばならないのだ。



「ハノーファー伯爵、カールスルーエ伯爵とドレスデン子爵について伺っても良いかい?」


「僕もあまり知らないが……それで良いなら」



 ハノーファー伯爵はカールスルーエ伯爵とドレスデン子爵について知っている限りの事を話した。


 帝国貴族社会には現在2つの大派閥が存在する。


 一方は、帝国宰相ヨーゼフ・デュッセルドルフ公爵を長とするデュッセルドルフ派。


 今一つは、内務大臣ハインリヒ・ルイボルト・ミュンヘン公爵を長とするミュンヘン派である。


 現在、このパーティーに居る貴族の3人がデュッセルドルフ派で2人がミュンヘン派であった。



「で、その3人の内の1人がカールスルーエ伯爵で、2人の内の1人がドレスデン子爵さ」


「1人を除いて私達3人以外、全員がどちらかの派閥なのか……じゃあその1人が反乱を起こす最有力候補になるけど……まだ怪しさはある、か……」


「しかも残念な事がある。これは先程小耳に挟んだのだが……カールスルーエ伯爵はジョンブル王国と、ドレスデン子爵はブリュメール共和国と、裏で通じている、という噂が流れているようだ」


「あぁ……それは不味いなぁ…………」



 カールスルーエ伯爵、ドレスデン子爵共に他国と裏で通じている可能性がある。つまり、この2人のどちらかが反乱を起こす可能性がグンと高くなった。

 他の貴族達も知られてないだけで例外ではないかもしれないが、あると知らされている者達の方が脅威である。



「先程の1人より伯爵と子爵。今の所どちらかが反乱を起こす可能性が高い、か……はぁ……私の願いも儚く崩れさる……」


「まだわからないさ。もう少し情報を集める迄は」



 ハノーファー伯爵が慰めるように微笑し、エルヴィンは「最もだ」と苦笑する。



「そうだね……まだ崩れ去るには早いね」


「そうさ! それに……君ならばアッサリ反乱軍も撃退しそうだが……」


「いや、それは買い被り、」



 エルヴィンは途中で言葉を引っ込めた。此方にやって来る2人の貴族に気付いたのだ。



「アレは……噂をすれば、かな……」



 エルヴィンの視線の先には、フライブルク男爵領に隣接する領地を治め、反乱する可能性が高い2人の貴族、アルバート・ルッツ・カールスルーエ伯爵とモーリッツ・ドレスデン子爵が居たのである。


 カールスルーエ伯爵は年齢30前半といった風で、好青年という雰囲気が残っている。


 ドレスデン子爵は年齢40代半ばといった感じで、謀略家風の痩せた壮年男性と言った雰囲気である。


 そして、エルヴィンとハノーファー伯爵の下を訪れた2人は、彼等へ軽く頭を下げた。



「御初に御目に掛かります、ハノーファー伯爵、フライブルク男爵。私はアルバート・ルッツ・カールスルーエと申します。どうか御見知りおきを」


「同じく御初に御目に掛かります。モーリッツ・ドレスデン子爵と申します。此方も御見知りおきを」



 どちら共に社交的で事務的な挨拶といった感じで、何処か一物抱えているのが見てとれる。


 それに気付きながらも、エルヴィンも軽く頭を下げ、続いてハノーファー伯爵も華麗に演技めいて頭を下げる。



「此方も御初に御目に掛かります。エルヴィン・フライブルクです」


「同じく御初に御目に掛かります。フリッツ・ハノーファーと申します。以後、御見知りおきを」



 挨拶を済ませた4人。謀略が僅かながら漂う中、エルヴィンが最初に口を開く。



「それにしましても……派閥の違う御二方が一緒に挨拶に来られるとは……意外ですね」



 指摘にピクリと眉を動かした伯爵は、ニコやかな作り笑いを浮かべる。



「確かに私達は派閥が違います。しかし、同じ帝国貴族です。個人的には仲良くするのは当然のこと!」



 おそらく嘘だろう。彼等に他派閥貴族と仲良くしようなどという御人好しさなど存在しない。差し詰め、互いにの派閥の情報を奪う為、舌戦でもしていたのだろう。


 それに気付きながらも、エルヴィンも笑みを浮かべ続ける。



「なるほど……それは素晴らしいですね。派閥が違うというだけでいがみ合うなど、皇帝陛下が知れば、さぞ御嘆きでしょう」


「全くですなぁ……我々は同じ貴族! 派閥関係なく、手を取り合い、共に帝国繁栄に努めましょうぞ!」



 ドレスデン子爵が此方も作り笑いで白々しくも告げ、なんとも味のない言葉にエルヴィンは心の中で嘆息する。それでも笑みは崩さなかったが。



「子爵も素晴らしい見識を御持ちのようだ。しかし……何故、今日、私に声など掛けたのでしょうか……? 今迄は、隣接する領主でありながら話した事もありませんでしたが……」



 なかなか意地悪めいた事をエルヴィンは告げる。彼自身、別に両貴族と仲良くしたい訳ではない。探りを入れるには、これぐらい言った方が良かったからだ。


 実際、2人共に少しだが動揺が生じ、何とか表情変化は耐え、カールスルーエ伯爵が先に述べる。



「申し訳ない……前々から御話をしたかったのですが……なにぶん派閥の同胞との話し合いがありまして……忙しかったのです」


「私も伯爵と同じ事情です。今回は他派閥の者も少ないので、貴公とやっと話せました……いや、僥倖(ぎょうこう)と呼べるでしょうな!」



 また堂々と嘘を吐く両貴族。元々、エルヴィンと仲良くしようなどとは考えていないだろう。

 フライブルク男爵領は、確かに貴重な魔獣素材が手に入るが、他領から見れたば微々たる量、交易する旨味がない。

 更に、エルヴィンには下賎な亜人を従者にする"変人貴族"という肩書きもある。近付きたくもない筈だ。

 今回、話し掛けたのも、キール子爵とエルヴィンが密接な交友を持っているので、エルヴィンから子爵の弱みを聞き出そうという魂胆だろう。



「いや……やはり、派閥に属している貴族も大変なのですね」


「そうなのですよ。特に我等デュッセルドルフ派は最大派閥。挨拶回りが自然と多くなるのです。その分、貴族内の繋がりも広くなりますが」


「あははは、そちらもですか……我等ミュンヘン派は第2派閥ですから、貴公等よりかは少ないですが、それでも多いですからなぁ!」



 エルヴィンとハノーファー伯爵を差し置き、目の前で無言の睨み合いを始めた伯爵と子爵。

 エルヴィンは心の中で頭を抱え、ハノーファー伯爵は先程から完全に無視されながらも、何故か自慢気な笑みを浮かべ、髪をかきあげている。謀略の火中に居ないから余裕なのだ。


 その後、30分程カールスルーエ伯爵とドレスデン子爵と話したエルヴィン。勿論、両貴族からキール子爵について根掘り葉掘り聞かれたが、不利になる情報は与えずに済んだ。


 すると、伯爵が攻め方を変え、話題を方向転換し、エルヴィン自身へと攻撃を集中させる。



「そう言えば、フライブルク男爵は軍に所属しておいででしたなぁ……」


「えぇ、まぁ……」


「確か、階級は少佐、でしたか……」


「何と! それは誠ですか伯爵!」



 カールスルーエ伯爵の言葉に大袈裟に驚くドレスデン子爵。しかし、少佐までならコネで簡単になれるのが帝国の現状だ。それは2人も知っているので、貴族はそれが当たり前だと思っているので、おそらくは演技だろう。



「それは、フライブルク男爵は有能という事ですなぁ……」


「子爵の言う通りです。国を憂い、命懸けの戦場へと赴くなど、正に帝国貴族の鏡です」



 伯爵と子爵の意図する事は明白である。軍に於けるコネでの出世は貴族であろうと不正である事に変わりはない。つまり、その下知をエルヴィンから聞き出し、それを弱味に、キール子爵勧誘を手助けさせようと言うのだろう。


 しかし、エルヴィンは自力で出世しているので意味はない。



「いえいえ……少佐に出世出来たのは、やはり、運が良かったのですよ。運良く昇進に足る功を挙げれたのが大きい」



 エルヴィンの発言に、ドレスデン子爵は白々しいと言わんばかりの睨みを一瞬向け、カールスルーエ伯爵は一瞬眉を不快気に動かす。


 そんな反応など無視し、エルヴィンは言葉を連ねる。



「実は、私が軍に入った時は大変でした……上官に嫌われたせいか、早速最前線の激戦区に送られましたからなぁ……そう言えば、その上官。確か、デュッセルドルフ派貴族の子弟、だったような気がするのですが……」



 カールスルーエ伯爵の眉がまたピクリと動く。



「それに、この前の私も参戦した要塞攻防戦。逃亡という不名誉を犯したゾーリンゲン大将は、ミュンヘン派貴族であったと記憶しておりますが……」



 ドレスデン子爵はあからさまに口を引き釣らせ始める。


 おそらくもう一押しだろう。



「本当に私は運が良かった。派閥に属していた愚かな貴族による暴挙に見舞われなが、生き延びたのですから……」



 エルヴィンは遠回しに、両派閥の責任を言及した。

 自分がコネを使っていないという匂いを含みながらも、使っている感じも匂わせる。それにより、コネなくスピード出世したエルヴィンへの嫉妬が現れず、言及されぬ内に自派閥の落ち度を突かれた痛みと怒りが彼等を制する。しかも、恨まれない程度に。


 荒技には違いないが、動向を探るには怒りで冷静さを欠かすのが有効だ。


 実際、ドレスデン子爵の作り笑いから怒りが漏れ始める。



「いや〜、痛い所を御付きになる……ミュンヘン公も、それには悲痛な気持ちでしょう……おっと! 長話し過ぎましたな。私はこれにて……」



 明らかにボロ出しを恐れて離れるドレスデン子爵。エルヴィンに背中を見せた途端、忌々し気に舌打ちしたのは言うまでもない。


 一方でカールスルーエ伯爵は平静そのものだった。感情を隠すのが上手いらしい。



「フライブルク男爵。どうやら我々の派閥が御迷惑を御掛けしたようですね。派閥に属する者として、申し訳ない……」


「いえいえ……所詮他の貴族の事、伯爵に落ち度は無いでしょう……」


「そう言って頂けるとは……感謝します」



 カールスルーエ伯爵の考えをエルヴィンは読めなかった。やはり、感情を隠すのが上手いのだろうが、どうも違和感があった。



「男爵、私もそろそろ御暇したく……」


「そうですか。また、機会があれば……」


「はい。機会があれば……」



 この時、エルヴィンは一瞬、伯爵の口元が不敵に緩んだ様に見えた。

 そして、去り行く伯爵の姿を眺めながら、一抹の不安が、キツく危機感を締め付けるのだった。

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