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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
208/450

4-136 事後処理

 ヒルデブラント要塞攻防戦()()


 帝国軍死者、約6万7千


 共和国軍死者、約5万6千


 総数、約12万3千


 これまでにない犠牲者、流血により、この戦いは終わった。


 結果として、ゲルマン帝国が勝利を収める事となったのだが、事後処理に苦心させられたのは(むし)ろ帝国の方であった。




 まず、多大な犠牲を出した事により、戦死した兵の血縁者達を中心に、市民による暴動の危険があったのと、それを加速させる出来事が起きていたのが大きかった。


 貴族出身の将エルメリッヒ・ゾーリンゲン大将の逃亡である。


 ゾーリンゲン大将、彼の逃亡により士気が落ちた第8軍団は壊滅し、それを引き金として、第8軍団を破った敵により、第3軍団も壊滅した。


 貴族が原因で帝国軍が敗北の危機に立たされた上、多数の死者が出た事は、今まで貴族の横暴に苦心されてきた市民達にとって、感情爆発の着火剤になり得たのだ。


 このままでは大規模な暴動が起きる、帝国政府はそれを危惧したが、ある人物の提言により、光明を見出した。


 帝国宰相、ヨーゼフ・デュッセルドルフ公爵である。


 公爵の提言を元に、ゾーリンゲン大将には軍法会議で極刑が言い渡され、しかも、公開処刑とする事で、市民の不満を大将へ移そうと画策したのだ。


 結果、貴族すら度を越えれば殺す、というアピールにもなり、市民の爆発は少しずつ沈静化されていった。


 そして、軍法会議から3日後、帝都郊外にて、ゾーリンゲン大将の処刑が執行された。


 死刑方法は銃殺刑、罪人としての絞首刑ではなく、武人としての死刑方法にする、という気遣いであったが、どっちにしろ死ぬ大将には関係ない。


 最後まで、足掻(あが)き、(もが)き、怒鳴り散らし、泣き喚いたゾーリンゲン大将。

 棒に括り付けられ、目隠しされ、死を宣告する銃声が轟くまで、大将の声は帝都まで届いていたという。




 次に、戦死したグスタフ・ケムニッツ大将の扱いだが、二階級特進し元帥号が渡され、数々の勲章も渡される事となった。

 そして、盛大な告別式の後、帝国民戦意向上のスピーチと共に志願兵が募られた。


 これは、エルヴィンの父、オイゲンが死んだ時と同様であり、ケムニッツ大将の死に対し、家族には形だけの栄誉だけで、実質的な物は何も渡されずに終わる。


 胸糞悪い話だが、ただ徴兵の為に大将の死を利用されただけとなったのだ。




 また、勝利に多大な貢献をし、第1戦功となったアウグスト・エッセン大将は、戦争神聖化の為に、英雄へと祭り上げられた。

 平民出身の叩き上げという事もあり、市民への宣伝効果は絶大で、軍志願者が急増化する結果となった。


 更に、エッセン大将の上級大将への昇進も確実視されたが、貴族達権力者はこれを渋る。


 というのも、エッセン大将は貴族のどの派閥にも属しておらず、無派閥の人間に権力を与える事を彼等が危惧したた為である。


 しかし、それは杞憂に終わった。


 エッセン大将が上級大将への昇進を断ったのである。


 表向きは、多大な兵の損害を防げなかったからとなっているが、真意は、他者(フライブルク少佐)の功を(かす)め取った武勲で出世などしたくない、という物であった。


 本当なら、英雄へと祭り上げられるのも良しとはしなかったのだが、多くの犠牲者を出した事から市民の目を逸らす、という政治的思惑がある事を知っていたので、大将は、渋々、承諾するしかなった。




 総司令官グラートバッハ上級大将、第11軍団長クレーフェルト大将、ヒルデブラント要塞司令官ライプツィヒ大将、彼等の昇進は無かった。


 両大将については、守るだけで何もしなかった為、という理由であり、グラートバッハ上級大将については、多大な犠牲を出したのでチャラだ、とした。


 裏の思惑として、先程も話した通り、無派閥の人間を出世させたくなかった、という理由がある事は言うまでもない。




 一方、共和国の事後処理も簡単であったかと言えば、そうではない。


 多大な犠牲を出した上に、負けたのである。市民の怒りは相当のものだった。


 しかも、共和国は民主主義国家だ、市民の怒りは即、爆発し、軍、延いては政府への責任追及がなされた。




 もうすぐ大統領選挙を控えていた現国家元首アルベール・トゥールーズは、市民の声に渋い顔をした。

 このままでは、大統領への再選が危うくなる為である。


 他の閣僚達も、最悪、辞表を提出せねばなない事態、権力を失う事態に怯え、震えた。


 そして、彼等は、失脚を逃れる為、全ての責任を軍に押し付けるべく動き、結果として軍に全責任が向く結果となる。


 軍も、政府の勝手な責任転換に苦々しく奥歯を噛み締めたが、運良く、責任を押し付けるに足る将軍が2人も居た。


 第7軍団長エドゥアール・アミアン中将と第8軍団長ブリス・オーベルヴィリエ中将である。


 軍は、共和国が敗北した責任は全て2人にあるとして、アミアン中将は少将への降格と共に、共和国が保有する植民地勤務へと飛ばされ、オーベルヴィリエ中将は少将への降格と共に辞表を提出させられた。


 これにより、市民の声もある程度は沈静化し、事無きを得る事となった。




 遠征軍総司令官フェルディナン・ストラスブール大将の責任も言及されたが、大将の軍部での人気の高さと、人望を知る政府は、彼を崇拝する軍人とその血縁者の選挙票が減る事を危惧して、御咎めなしとした。




 共和国首都リベルテ、そこにある共和国軍総司令本部から、自分の処遇を聞いた鉱人(ドアーフ)族の将ストラスブール大将は、無表情のまま、喜ぶでも無く、淡々とした様子で姿を現した。



「閣下っ!」



 そこを、大将の御零(おこぼ)れに預かる型で、同じく御咎めなしとなった、アーブル中将が駆け寄ってきた。



「閣下も御咎めなしですか?」


「ああ……何も無いそうだ」


「それは良かった! そもそも、ここまで犠牲が大きかったのは、政府の下らぬ命令の責任であり、閣下には何も非はないでしょう。戦車が来るまで、魔導兵無しで持たせろなど馬鹿げている! 咎める筋合い自体など無い筈です!」



 必死に大将を擁護するアーブル中将、しかし、当のストラスブール大将は、渋い顔をした。



「閣下、いかがされましたか?」


「これは良くないな……」



 ボソリと呟いたストラスブール大将、彼は自分達は処断されて然るべきだと考えていた。


 今回の戦い、ストラスブール大将にも敗北の責任は勿論ある。

 降格させられる程の失態をしている。


 だが、ストラスブール大将に御咎めが無い。それは、政治家達の思惑による物だったが、それが更に良くなかった。


 民主主義を掲げる国の政治家、権力者達が、なんと自分の欲の為に、平等という信念をいとも容易く折り曲げたのである。


 これではもう、帝国の独裁者達と同じではないか、民主主義という信念が濁り始めているのではないか、共和国もまた腐敗し始めているのではないか。


 ストラスブール大将はそんな危機感を抱きながら、共和国の未来に差す影に、僅かながら気付き始めるのだった。




 ヒルデブラント要塞攻防戦、歴史上に刻まれた激戦として知られるこの戦いは、両国に大きな傷を残す事となった。

 それが、第3者による思惑によるものだと、当時の、多くの者達は知る由もないが、それに勘付き始めた青年が1人居た。

 エルヴィン・フライブルクという青年、後に、英雄と呼ばれ、その第3者との謀略戦を繰り広げる事になる彼の存在を、この時点で知る者は、知らぬ者よりも遥かに少ない。

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