4-124 歓喜
全ての事実、帝国軍の思惑、そして、敗北を知ったシャルル。彼は心の中で悔しがった。
しかし、それとは裏腹に、その表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
「楽しい……楽しいなぁ、おいっ!」
シャルルは大剣を地面に刺すと、肺一杯に空気を入れ、腹に最大限の力を込め、叫んだ。
「全て貴様の掌かぁあっ! エルヴィン・フライブルクぅうっ‼︎」
シャルルは気付いていた、この全ての作戦が、宿敵エルヴィンによるものだと。
共和国軍補給線の要、鉄道の無力化。つまり、敵補給を攻撃するという策を用いる者は、グラートバッハ上級大将を含め、帝国軍に2人居る。
だが、これだけ敵の心理を読み、誘導し、嫌らしく、小賢しく、念入りに、緻密に積まれた策を練るのは奴だけである。
ヴァルト村の戦い、補給基地防衛戦、そして、本陣攻撃部隊追撃戦、それら全てで相手をし、且つ、唯一完勝できなかった相手。
"エルヴィン・フライブルクという宿敵"だけであった。
シャルルは知略どころか、実際の戦闘で、顔を向かい合わせた戦いで、奴に負けた。
初めて負けた。精神的にも、策略家として、指揮官としての能力的にも負けた。
武での負けでは無かったが、負けを知らぬシャルルとしては、悔しさに苦味を感じながらも、負け自体が嬉しかった。
化け物と揶揄される俺と、対等に戦える奴がいるという事が、途方もなく嬉しかった。
シャルルは部下達に撤退を命じながら、大剣を地面から抜き、背中に背負った鞘に収めた。
そして、先程まで自分相手に奮戦した、
顔も知らぬ魔法使い、
[バリア]を張った魔法使い、
重機関銃を操っていた獣人、
鬼人の剣士ガンリュウ、
彼等に賞賛を送った。
しかし、やはりシャルルが最もそれを送りたい相手は別に居る。
そして、そんな相手に強い興味を持ったシャルルは、予想だにしたない要求を叫ぶ。
「エルヴィン・フライブルクっ! 出て来て顔を見せろっ!」
それは非常識であっただろう。
共和国軍最強と呼ばれる魔術兵シャルル・ド・ラヴァル、そんな奴の前に、指揮官である人物が顔を出す訳がない。
出して万が一にも、殺される可能性があるのに出る訳がないのだ。
聞く理由も無く、応じる必要も無い要求、普通であれば無視する物である。
しかし、エルヴィンは笑みを浮かべると、足を武神へと進め始めた。
アンナの制止を振り切りながら、
足を進め、
雑木林から顔を出し、
ガンリュウ大尉が驚きの表情を向ける中、
20センチ以上もの身長差がある武神、シャルル・ド・ラヴァルの前に立ち、彼の顔を見上げた。
互いに向き合うエルヴィンとシャルル。始めて直接顔を合わせた2人は、同時に笑みを浮かべる。
「よぉ? 貴様がエルヴィン・フライブルクか?」
「そうなるね……じゃあ、こちらも初めて御目にかかります、武神シャルル・ド・ラヴァル」
2人の若き指揮官、後に多大な足跡を残す事になる英雄2人が、初めて顔を合わせた瞬間だった。




