4-119 危機での笑い
その後、エルヴィンは、何もしないよりマシだと考え、兵士を分散させた。
しかし、それも無駄な時間稼ぎでしかない。
分散させても早々と死体が積まれる。
武神が移動する度、兵士の命が飛び散る。
悲鳴と苦痛を断末魔に、仲間達が死んで行く。
「マジ、かよ……」
「こんな事があって良いのか……?」
「無理だ……勝てっこない……」
武神の圧倒的な強さ、威圧感を前に、帝国兵達は怯え、震え、消沈する。
勝算など皆無、普通に逃げ切る事もおそらく出来ない。
武神の力が帝国兵達に死を連想させていく。
最早、帝国兵達には武神に立ち向かう勇気など無く、彼等は次々と武器を下ろし始めていた。
戦意が消え始める帝国兵達、戦う気の欠片も感じられなくなり始めた敵を、シャルル少し残念がった。
「やっと本気を出せったてぇのに、もう諦めるのか……まぁ、仕方ねぇはな。俺の本気は誰も太刀打ち出来ねぇからなぁ……」
シャルルの本気は最早、魔術兵などでは括れぬ類の物である。
丸4日以上、弾丸、刃を完全に弾く身体強化を使えるなど、人の所業ではない。
シャルル自身、自分に勝てる敵など居ないと、頭の中では分かっていたし、理解も出来た。
しかし、勝てる者が居ないという事は、シャルルと同等に戦える者も居ないという事だ。
だから、シャルルは孤独を感じるしかなかった。
「結局……エルヴィン・フライブルク……貴様も俺を楽しませるだけで、互角に殺り合ってくれる奴では無かったか……」
シャルルは嘆息を零しながらも、また大剣を構え、次の目標を定める為、散らばる敵を見回した。
シャルルは武人であると共に、祖国の為に戦う軍人だ。
よって、戦意喪失中だろうと、降伏しない限りは、敵兵は未来の脅威として潰す必要がある。
シャルルは、少しは楽しませてくれた、顔も知らぬエルヴィンに多少は感謝しながら、脚力を強化させ、またも帝国兵の死体を積もうとした。
しかし、途中で止めた。止めさせられる。
先程から敵に動きが無く、それを不可解に思ったのだ。
確かに、帝国兵達は戦意を失っている。ならば、降伏するか、背中を見せ無秩序に逃げるかする筈だ。
上官が勝利を諦めておらず、部下達が従わざるを得ないにしても、無謀な突撃を命じるなどする筈だ。
にも関わらず、敵にまったく動きがない。
「どういうことだ? ムザムザ殺される気か……?」
敵の不気味さが引っかかるシャルル。
すると、僅かに、ふと帝国兵達の表情が見えた。
それを見たシャルルに、驚愕の表情が浮かぶ。
帝国兵達は、なんと、笑みを浮かべていたのだ。
「いや〜……無理無理、あんなん相手に出来ん!」
「そうだな! 立ち向かったって無駄死にするだけだ」
「さて、どうするのかな?」
帝国兵達は確かに戦意を失った。
しかし、死を受け入れた訳でも、降伏を覚悟した訳ではない。
彼らには、無事に故郷へ帰れる確固たる自信があったのだ。
武神の恐ろしさを目の当たりにしながら、彼等には信じる者が居たのだ。
"我等が大隊長、エルヴィン・フライブルクを"
そして、部下達に信頼されたエルヴィン、彼がついに命令を下す。
「総員、各自散らばり、南へ全力で逃げろ! 上官の事など考えるな! 軍の規則など考えるな! 個々の命、自分の命を守る事だけを考えろ!」
エルヴィンは命令した。逃げろと。
普通ならば拍子抜けする命令、武人の矜持を汚す命令。
しかし、帝国兵達、ガンリュウ大尉、ジーゲン、フュルト両中尉も、笑みしか浮かべなかった。
エルヴィンとはそういう人間だと、勝ちにこだわらず、負けを悔いず、仲間の命だけを重視する人間であると、皆が知っていたのだ。
そして、それこそがエルヴィンという人物の、指揮官としての素晴らしさなのだ。
「よっしゃ! 全員、逃げるぞぉおっ!」
「お前等、死ぬんじゃねぇぞ! 死んだら馬鹿高い酒、奢らせるからな!」
「死んだら奢れんでしょ」
帝国兵達は冗談を言い合いながら、口々に笑いを零しながら、武神を中心として、南方へと散らばって逃げ始める。
武神という強大な敵を前に、追い付かれて殺される可能性が高いのに、帝国兵達は笑えていた。
そうさせているのはエルヴィンという存在であり、彼の指揮官としての優れた才によるものである。
それは、エルヴィンという人物の危険さを物語ってもいた。
武神の強大さを目の当たりにしながらも、尚も部下達に死の恐怖を感じさせない。それだけ、エルヴィンは、指揮官として有能な実力を備えている事になるのだ。
帝国兵達に敗北を抱かせなかった。つまり、エルヴィン率いる部隊に、シャルルはまだ勝っていない。負けさていない。
エルヴィンは強敵である。強敵相手にまだ戦える。
シャルルはまた喜びに満ちた、嬉しさに満ちた笑みを浮かべ、歓喜した。
「さいっこ〜だっ! 貴様は本当に最高だっ‼︎ よく考えれば、貴様は俺が打ち減らした部隊を率いながらも、俺に本気を出させた‼︎ 認めてやるぞ! 貴様は俺の宿敵だぁあっ‼︎」
気分が昂ぶるシャルル。もしかしたらコイツなら、俺と対等に戦えるのかもしれない。
いや、戦える。まともな無傷の部隊を率いれば、コイツは間違いなく戦える。
シャルルは確信した。
しかし、だからといって逃がすつもりは無い。
帝国兵は殲滅する。それが共和国軍人としての義務だからだ。
「エルヴィン・フライブルク……俺の追撃を逃れてみせろ! 宿敵ならな……」
シャルルは、エルヴィンが逃げ切るという期待をし、改めて大剣を構え、脚力強化をし、追撃を開始、
出来なかった。
シャルルは動けなかった。
体力が尽きた訳ではない。魔力が尽きた訳ではない。
まして、突然の病気や、戦意が失われた訳でもない。
健康体、気力、体力共に満ちた状態であるにも関わらず、シャルルは動けなかったのだ。
「どういう事だ……」
シャルルは戸惑った。
敵が見える、動ける、戦いたい願望もある。なのに動けないのだ。
理由が分からない。原因がわからない。
何故だ、何故動けない……。
金縛りにあった訳でもない。目は動くし、足も動く。しかし、敵を追撃出来ない。
訳も分からず、大剣を構えながら立ち尽くすシャルル。すると、ある事がわかった。
「何故、俺は……さっきから敵1人1人を何度も見回しているんだ?」
そう、敵に狙いを定めていない。
さっきから次の目標を選び続けているのだ。
シャルルにとって、個の強敵でなければ敵など雑兵、迷う意味がわからない。
だからこそ気付いた。
「俺が敵の魔法にかかったのか……」
そう、シャルルは魔法をかけられていた。
効果は"方向感覚を狂わせる"というもの。
シャルルもそれに気付いたが、あり得なかった。
「人間が使う魔法に……こんな物は無い筈だ……いったい、どうなってやがる……」
シャルルは頭を捻らせ、考えを巡らせる。
このまま動けねば、敵を殲滅出来ない。打開策が必要だったし、原因がわかれば、打開出来ると踏んだからだ。
しかし、シャルルは既に口にしている。
この魔法は"人間の魔法"には無いのだ。




