4-97 怖がられる少佐
第11独立遊撃大隊を始めて訪れたレムシャイト軍曹。観たのはその衛生兵小隊だけではあったが、暖かみに満ちた部隊の空気に、軍曹は感銘を受けていた。
「良い雰囲気の部隊だった……ウルム准尉といい、メールス二等兵といい、素晴らしい人材が揃っている。いずれ、この部隊への異動願いを出そうかな……」
レムシャイト軍曹は真剣にそう思いを馳せた。
元々、貴族でも変人の部類に入る彼にとって、貴族色が強い第8軍団は合わなかった。
獣人と人間同士で争い、ギクシャクした軍団の空気を煩わしく感じていた。
そんな彼にとって、獣人と人間が分け隔て無く接するシャル達の姿は、とても素敵に見えたのだ。
第11独立遊撃大隊、そこへの異動を少し期待しながら、レムシャイト軍曹は自分の部隊へ戻ろうとした。
しかし、先程居た野戦病院の入り口で、中に入ろうか迷っている1人の兵士を見つけ、足を止める。
「ん? あれはまさか……ハイルブロン殿か?」
レムシャイト軍曹は、見知った兵士であったので、ハイルブロンの下に近付いた。
「ハイルブロン殿!」
「ひぃっ⁉︎」
レムシャイト軍曹に突然話し掛けられ、ハイルブロンは、ビックリし、飛び跳ね、地面に尻餅をついた。
「ハイルブロン殿、大丈夫ですか?」
「な、なんだ……レムシャイト家の……脅かさんでくれ……」
妙に神経質に驚くハイルブロンに、レムシャイト軍曹は眉をひそめた。
「ハイルブロン殿、今日はいかがされましたか? もしかして、怪我でも……何でしたら、一緒に付いて行きましょうか?」
「いや、良い……余計なお世話だ……自分で行ける……」
明らかに挙動不審なハイルブロン。レムシャイト軍曹は、心なしか前会った時よりやつれた彼の姿に、少し心配になるのだった。
「ハイルブロン殿、やはり……何処か具合が悪いのですか? それなら見て貰った方が……」
「良い! 良いのだ! ……本当に止めてくれ……勘弁してくれ……」
以前会った彼は、威張りやで、傲慢で、自分が強いと疑わぬ自尊心に満ちていた。
レムシャイト軍曹自身、彼とは折り合いが合わず、好意的に接する事は無かったが、ここまで豹変した姿を見ては、気にしないというのが無理である。
「ハイルブロン殿……」
レムシャイト軍曹は、改めて励まそかと、声を掛けようとした。
「やれやれ……また、あの人に会わないといけないのか……」
「仕方ないですよ。閣下はこの場の最高位ですから、余程でなければ、我々も従わない訳にはいきません」
「あ〜……面倒臭いなぁ……」
レムシャイト軍曹とハイルブロンが会話をしていた時、野戦病院から、エルヴィンとアンナが出て来た。
エッセン大将から呼び出しを受けたからだったが、やはり、敵意に満ちているであろう司令部に向かうのに、エルヴィンの足取りは重そうである。
乗り気もせず、嫌々足を進めるエルヴィン。すると、レムシャイト軍曹の存在に気付き、アンナと共に足を止めた。
「レムシャイト軍曹、まだ居たのかい?」
「ええ、少し知り合いと話をしていましたので……」
「そうか……ん?」
エルヴィンは、レムシャイト軍曹と共に居るハイルブロンに視線を向けると、考える様に眉をひそめた。
「君は確か……何処かで会った様な……」
ハイルブロンに見覚えがあるエルヴィン。そして、ハイルブロンもエルヴィンの事を知っていた。忘れるべくもない。
ハイルブロンはエルヴィンの顔を見た瞬間、震え上がり、恐怖し、手足は痙攣を起こした。
そして、
「ひぃぇえええええええええええええっ‼︎」
立ち上がり、エルヴィン達に背を向け、一目散に逃げて行った。
その逃げる様子といえば、まるで猛獣に出逢った兎の様な逃げっぷりであった。
「ハイルブロン殿、一体どうしたのだろう……」
尋常ではないハイルブロンの逃げ方に、レムシャイト軍曹は疑問を投げかけた。
すると、軍曹から出たハイルブロンの名、それを聞いた瞬間、エルヴィンは思い出す。
「あっ! 彼……シャルを酷い目に合わせた奴か……」
インゴ・フォン・ハイルブロン少尉、名門ハイルブロン伯爵家の次男で、朝、シャルへ獣人という理由で暴力を振るった貴族であった。
そして、それが原因で、エルヴィンに灸を据えられた貴族であった。
「彼……もしかして、シャルに謝りに来たのかな? あの時、シャルに謝るように言ったから……うん、そうか……そうだろうな……」
自分で納得し、自分で解決したエルヴィン。しかし、相手の異常なエルヴィンへの恐怖心、それを目の当たりにしたアンナは、
「一体、何したんだ、この人……」
と、心の中で、エルヴィンの怒らせると怖い、という意外な一面を、再確認するのだった。




