4-93 最期に
トマス達とトラックの位置、敵との距離を換算して、敵に追い付かれる前に逃げ切る事が出来るだろう。
しかし、それは敵に"アレ"が無ければの話である。
そう、トマス達は知らなかった。
敵が"戦車"を持っている事を。
敵の銃弾は届かない。しかし、敵の砲弾は届く距離に、トマス達は居た。
戦車は射程に入ったトマス達に狙いを定め、そして、砲の引き金を引く。
戦車から発射された砲弾は、曲線を描きながら、トマス達を襲い、砂煙を撒き散らした。
「な、何だ……!」
突然の炸裂音に驚くトマス達。幸にして直撃は避けられた。
しかし、
「伍長ぉおっ‼︎」
着弾地点から近かったボーフム伍長は、飛んで来た鉄辺に全身を斬り付けられ、重傷を負ってしまう。
トマスは、アーヘン二等兵に荷物と負傷者達を任せ、先に行かせ、倒れたボーフム伍長の下へと駆け付けた。
「ボーフム伍長、大丈夫か!」
トマスの声を受けながらも、ボーフム伍長は唸るだけで、言葉を発する力も無いようであった。
明らかに動ける状態ではないボーフム伍長。それにトマスは、迷わず肩を貸して、先を行くアーヘン二等兵達の下へと向かう。
「ボーフム伍長、必ず仲間の元へ帰るぞ!」
ボーフム伍長を抱え、足取りを重くしながらも、トマスは少しずつ、淡々とアーヘン二等兵の下へと向かった。
その背後からは否応なく戦車が砲弾を次々と放ってくる。
背後で、横で、前で弾ける砲弾、時間が経つにつれ、敵の狙撃手からの攻撃も加わった。
ボーフム伍長を見捨てれば、トマスは確実に助かっただろう。しかし、トマスは見捨てず、ボーフム伍長を抱え続ける。
「絶対、見捨てないぞ……必ず助ける……そして、メールス二等兵に胸を張って、ただいまを言って、また告白してやる!」
トマスはそう自分に言い聞かせながら、1歩、また1歩と歩みを進めた。
散発的な炸裂音、頬をかすめる弾丸、疲労困憊の体力、様々な悪条件がトマスを襲いながらも、彼は歩みを進めた。
そして、ついに、先に行かせていたアーヘン二等兵達、彼らを視界に捉える。
しかも、その背後には、レムシャイト軍曹が運転するトラックが待っていた。
トマス達の帰りが遅く、砲声が近くなった事に心配し、軍曹がトラックと共に駆け付けてくれたのだ。
更に、軍曹達は、数多の戦いの影響で盛り上がったであろう小さな土山の後ろに隠れており、敵からは死角になっている。
その死角では、アーヘン二等兵がトラックへ負傷者を乗せており、丁度、終わった所であった。
そして、アーヘン二等兵は、漸く無事に追い付いて来てくれたトマスと、彼に肩を貸されたボーフム伍長の下に急いで向かった。
ボーフム伍長を運ぶ、その手伝いの為に、2人の下へと駆け付けようとしたのだ。
トマスは此方に向かって来るアーヘン二等兵を見ると、やっと助かるという安堵で吐息を零し、無事に二等兵達と会えた事に喜びの笑みを浮かべた。
これでもうすぐ、メールス二等兵に会える……。
トマスの心を希望が満たす。
しかし、敵の再びの砲声、それを聞いた瞬間に、トマスの表情は豹変する。そして、彼は、ボーフム伍長をアーヘン二等兵へと投げた。
ボーフム伍長を受け止めたアーヘン二等兵。彼はトマスの奇怪な行動に驚き、目を丸くする。
「小隊長、何して……」
アーヘン二等兵は疑問を投げかけ、トマスに視線を向けた、
次の瞬間、
爆音とともにトマス一帯が突如弾け、砂煙がトマスを覆った。
敵砲弾がトマスを襲ったのである。
爆発の影響はアーヘン二等兵にも及び、炸裂の際飛んできた無数の鉄辺が二等兵を傷だらけにした。
幸いにして、ある程度離れていたらしく、全身、擦り傷で済んだ。
比較的軽傷で済んだアーヘン二等兵だったが、トマスが砲弾に襲われた状況に、恐怖感を覚ざるを得なかった。
「小隊長ぉおっ!」
爆発で舞い上がった砂煙、それによりトマスの安否が分からないアーヘン二等兵は、トマスを探す為、軍曹にボーフム伍長を運ぶよう大声で頼むと、砂煙へと突入する。
「小隊長っ! 無事ですか‼︎」
声を荒げ、トマスを呼ぶアーヘン二等兵。すると、すぐそこから唸り声が聞こえて来た。
「小隊長‼︎」
声の元を探り当て、その下へとしゃがんだアーヘン二等兵。近くでそれを見た瞬間、声の主が、仰向けで倒れるトマスだと分かると、安堵の吐息を零した。
「小隊長、御無事で……」
しかし、トマスの足元を見て、アーヘン二等兵は絶句した。
トマスの腰から下、それが無かった。
下半身が砲弾の直撃により千切れ飛んでいたのだ。
「しょ、小隊長……」
一眼で分かる。致命傷であった。
アーヘン二等兵は、その死を知らせる傷を見た瞬間、悔しがるように唇を噛み、悲しむように目を閉じた。
「アーヘン二等兵……」
苦し紛れの、力無いトマスの声が、アーヘン二等兵の名を呼び、二等兵は静かに目を開け、トマスへと視線を向けた。
「ボーフム伍長は無事か……?」
「……はい…………」
力無い、悲痛な声色で、表情で答えるアーヘン二等兵に、トマスは全てを悟った。
「その様子だと……致命傷なんだな…………」
「…………はい………………」
「そうか…………」
トマスは、砂煙から僅かに見える空を、ただ、見詰めた。
「不思議と……死ぬというのに、恐怖は湧かないものだな……逆に清々しい……」
心残りは勿論あるだろう、
死にたくない気持ちも勿論あるだろう、
しかし、トマスの心は何故か満たされた気持ちだった。
「誰かを助けるというのは、気持ちの良い物だな……感謝されない時もあるが、俺の命1つで、沢山の命を助けられる……それは、崇高な行為で……世界に貢献するようで……世界に認められようで……とても素晴らしい…………」
トマスの口には、自然と笑みが零れた。
「こんな……良い事に……気付かせてくれた…………メールス二等兵には…………やっぱり…………感謝しか……ないな…………」
途切れ途切れになる言葉、閉じ始める瞼、漏れて行く大量の血液、少しずつ、トマスを死が支配し始める。
希望と喜びに満ちた言葉、不思議と満足な気分。
しかし、薄れゆく意識の中、トマスはやっと後悔をした。
部隊に入った当初、自分の事しか考えず、尊大に振る舞ってしまったが故、気付けなかった事。
気の良い仲間、尊敬できる上官、そして、素敵な女の子。
それ等にもっと早く気付き、もっと長く共に居たかった。
様々な人々、仲間達を思い浮かべ、最後に浮かんだシャルの姿。
「最後に…………メールス二等兵の顔……見たかったなぁ……………………」
トマスが願ったもう叶わぬ願い。それを最後に、トマスの瞳から光は消え、肺と心臓は停止した。
彼は、静かに息を引き取ったのだ。
「小隊長……」
最期まで、シャルを思い続けたトマス。アーヘン二等兵は、そんな彼の亡骸に視線を向け続けながら、立ち上がると、静かに、彼へ敬礼した。
この、愚かで、純粋な、真っ直ぐな、尊敬すべき上官への、最後の敬意を表したのである。




