4-88 准尉の死
泣き続けたシャル。暫くして落ち着いた彼女は、空きベットに静かに腰掛け、エルヴィンもアンナを衛生兵の手伝いに当てると、シャルの隣へそっと腰掛けた。
「シャル、少しは元気になったかい?」
「はい……ありがとうございます……」
シャルは少し残った涙を人差し指で拭うと、ふと苦笑を浮かべた。
「大隊長、すいません……なんか、いつも泣いてばっかりで……」
「別に良いよ。君はこれまで、気持ちを吐き出す事が出来ていないようだったから、この機会に少しでも出せたのは、良かったんじゃないかな?」
「そう、ですね……この部隊に来てから、私の世界は、なんか……明るくなったような、拓けたような気がします……」
「そうか……それは良かった。けど……こんな戦場、歪な、平穏とは程遠い場所で人生が明るくなるというのは……なんか……皮肉としか言えないね」
苦笑しながらそう零したエルヴィン。すると、シャルは、内容が面白かったのか、エルヴィンの様子が面白かったのか、クスクスと笑いを零した。
笑顔を再び見せ始めたシャル。それに、エルヴィンはホッとし、笑みを優しいものへと変える。
「どうやら、本当に大丈夫そうだね……」
エルヴィンがそう呟くと、シャルはふと、笑ってしまった事がエルヴィンに失礼だったと感じ、申し訳なさそうに俯き、尻尾も元気無さげにベットに横たわった。
「大隊長、すいません……せっかく励まして下さったのに……その言葉を笑ってしまって……」
「ん? 君を励ます為のものなんだから、笑ってくれて良かったよ?」
「そう……なん、ですか?」
「あぁ、そうだよ」
ほんの些細な事で謝るシャル。謝り過ぎなのは良くないが、少しの事でも申し訳なく感じてしまうという彼女の優しさは、エルヴィンにも伝わって来た。
「君は本当に良い子だね……」
良い子、そんな言葉で評すべきではないが、エルヴィンのボキャブラリーでは、1番この言葉ぐらいしか彼女を表す事が出来なかった。
しかし、シャルにとっては、エルヴィンが自分を褒めてくれる事、それ自体に価値があったらしく、シャルは頬を赤く染め、嬉しそうに口を綻ばせ、犬尻尾を立てると、横に大きく、激しく振った。
少し恥ずかしそうに、嬉しそうに表情を緩めるシャルに、エルヴィンは更に言葉を紡ぐ。
「こんな良い子に死を嘆かせるウルム准尉は、幸せものだね」
「そうでしょうか……私なんかの涙で、小隊長は喜んでくれるでしょうか……」
「彼は、君を好きだと言ったんだろう? なら多分、あの世で泣いて喜んでいるよ」
「それは流石に大袈裟ですよ……でも…………」
言葉を途切らせたシャルは、望むように、羨むように、右手を胸の前で軽く握り、笑みを浮かべた。
「そうだと良いなぁ……」
ふと零れた少女の願い、綺麗で、美しく、穢れなき願い、こんな素敵な願いを持てる彼女を、エルヴィンは少し、眩しく感じるのだった。
トマス・ウルム准尉、彼の死は衛生兵小隊にとって多大な損失であった。
ウルム准尉の死を聞いた仲間達は、こぞってその死を嘆き、中には涙を流す者も多く居た。
エルヴィンは、そんな光景を眺めながら、痛烈に感じていた。
ウルム准尉がどれ程、慕われ始めたのか、どれ程、指揮官として成長し、これから大事を成す存在になるべきだったのかを。
「どれだけ頑張っても、どれだけ優れた策を練ろうと、掌からは、必ず命が零れてしまう。遣る瀬無いな……」
弱音を零すエルヴィン。多くの兵士を従え、彼等を1人でも多く生きさせる事を遵守してきた彼でも、救えなかった命、守れなかった命は沢山ある。
自分達の立つ場所が戦場である以上、必ず数多の命が失われる。しかし、感じざるを得ない。
自分の無力さと、罪深さを。
ウルム准尉の死に感じ入る所があったエルヴィン。頭を巡らせ、思いを巡らせていたが、それが悪い、ネガティブな方へと向かっている事に気付き、頭を横に振って、考えを払う。
「感傷に浸り過ぎた……もうそろそろ戻って、気持ちを切り替えよう」
そう呟いたエルヴィンは、静かにベットから立ち上がった。




