4-87 告げられた死
衛生兵小隊の居る野戦病院へ到着したエルヴィン達は、直ぐに中へと入り、それをイェーナ伍長が出迎えた。
「大隊長じゃないですか! 何か御用ですか?」
「ん? ウルム准尉はどうした?」
「准尉なら、ボーフム伍長とアーヘン二等兵と共に第8軍団に行ってますが……」
「まさか、ウルム准尉が行っていたのか……」
妙に緊張感のある、深刻そうな顔をするエルヴィンに、イェーナ伍長は只ならぬものを感じていた。
すると、エルヴィンの来訪に気付いたシャルが、嬉しそうに、尻尾を振りながら3人の下やって来る。
「大隊長、来てらしたんですか⁈」
「シャル、いや……メールス二等兵……」
少し元気のないエルヴィンに、シャルは首を傾げた。
そして、アンナは、心配を掛けまいとしてなかなか本題に入れないエルヴィンを気遣い、代わりに、2人へ尋ねる。
「イェーナ伍長、メールス二等兵、第8軍団の下へ向かったウルム准尉達は、戻って来ていますか?」
「いえ、まだですが……メールス二等兵、戻ってないよな?」
「はい、私は会っていませんけど……」
「そうですか……」
やはり、元気のないアンナ達の様子に、イェーナ伍長は耐えかね、尋ねた。
「もしかして……何かあったんですか?」
そう問われたエルヴィンとアンナは、口を閉ざした。
第8軍団壊滅、その場にウルム准尉達が居た場合、戦死している可能性がある。いや、その可能性は極めて高い。
第8軍団は兵士達の逃亡により壊滅した。なら、その時にウルム准尉達も逃げてなければおかしい。そして、逃げていたなら、もう既に、ここに戻っている筈である。
しかし、彼らの姿はない。なら、最も考えられる可能性、"彼らは戦死した"と考えなければならない。
エルヴィンとアンナはこの事実を、衛生兵小隊の皆に告げて良いか悩んでいた。
可能性が低いとはいえ、生きている可能性もある。「その希望だけを観ている方が幸せではないか?」と思ったからだ。
しかし、それは直ぐにバレる、そう考え、エルヴィンは事実を告げる覚悟をした。
その時だった、
「おいっ! 誰か……」
何かを耐えるように、少し掠れた男の声が、テント内に響いた。
その声は、テント入り口から聞こえており、エルヴィン達や衛生兵達は声の主を見た。
そして、驚愕の表情を浮かべる。
「アーヘン二等兵⁉︎」
そこには、かすり傷だらけのアーヘン二等兵、そして、彼に肩を貸されながら、グッタリした様子のボーフム伍長が瀕死の重傷を負いながら立っていた。
傷を負った2人、その姿を見たシャルは驚きと恐怖のあまり口に両手を当て、イェーナ伍長は直ちに2人の治療準備を部下達に命じる。
イェーナ伍長の命令を受けた衛生兵達は、直ぐに重傷のボーフム伍長をベットに寝かせて応急処置を始め、比較的軽傷だったアーヘン二等兵はベットに座らせイェーナ伍長が手当てを始めた。
そして、エルヴィンとアンナは、喋る余裕がありそうな治療中のアーヘン二等兵に、事の詳細を尋ねた。
返って来た答えは、エルヴィンの予想通り、第8軍団壊滅と、それに自分達が巻き込まれ、負傷した事であった。
「そうか……やはり、第8軍団の被害は甚大な様だね……」
第8軍団の散った同胞を憂うエルヴィン。しかし"ある人物の存在"それに気付かぬ彼ではない。
「アーヘン二等兵、ウルム准尉はどうしたんだい? 姿が見えないけど……」
「そ、それは……」
トマスの名を聞いた途端、顔を曇らせるアーヘン二等兵。その様子でエルヴィンも、大体の予想はついていた。
「アーヘン二等兵、話してくれるかい?」
優しい物言いで、言いずらそうに、辛そうに口を閉ざすアーヘン二等兵を追求するエルヴィン。
その優しさに応えるべく、アーヘン二等兵は残酷ながら、悲痛な事実を、仲間達に告げるのだった。
「小隊長……トマス・ウルム准尉は……"戦死"、なさいました……」
ウルム准尉戦死。それを聞いたエルヴィンは黙祷をするように、悲しみを堪える様に目を閉じた。
「そうか……」
ただ一言漏らしたその言葉には、エルヴィンの辛さや悔しさが滲み出ていた。
周りで同じく聞いていたアンナ、イェーナ伍長も、悲しむ様に、暗い表情を浮かべる。
しかし、最も辛い気持ちになった人物、それは彼等ではなかった。
トマス戦死をアーヘン二等兵が告げた瞬間、エルヴィン達の背後で、ガタンッ、と、何かが崩れる音がしたのだ。
その音を聞き、エルヴィン達が振り向いた時、その音の主、目を見開きながら、崩れ、地べたにへたり込む、シャルの姿がそこにはあった。
「トマスが死んだ……?」
まだ現実感がないのか、言葉に感情や色は無く、ただ、復唱しているようであった。しかし、それはジワジワと、シャルの心を締め付け始める。
「今日の朝、あの人は私を貴族の手から助けてくれました……………………私が獣人族だって分かっても、普通に接してくれて、告白までしてくれました………………振った私を笑って許して、私の恋を応援してくれるって言ってくれました…………第8軍団から応援要請が来た時、獣人嫌いが激しいからって、私の代わりに行ってくれたんです……それで、それで……」
私の代わりにトマスが第8軍団に行った。そう、"代わりに行って死んだ"。それに気付いた瞬間、シャルの瞳から涙が溢れ、後悔と絶望で表情を歪め、両手で頭を抱え、俯いた。
「私の所為だ……私の所為だ、私の所為だ! 私の所為だっ‼︎ 私が獣人だったから……私が獣人じゃなかったら、小隊長は死んでなかったっ‼︎ 私が獣人だから、小隊長は死んでしまった……私が小隊長を殺したんだっ‼︎」
自分を壊しかねない程の自責、自傷を始めたシャル。そのままだと、彼女の心はボロボロに崩れかねない。
それに気付いたイェーナ伍長は、シャルを止めようと声を掛ける。
「メールス二等兵!」
「私が、私が私が私が私が……私が獣人じゃなかったら……私が小隊長の代わりに行けていれば……トマスは、トマスは‼︎」
イェーナ伍長の声も届かず、自分を責め続けるシャル、彼女の心にはひびが入り始めていた。
「許されるべきじゃなかった! 助けられるべきじゃなかった! 獣人である私は、皆んなを不幸にしてしまう……こんな私なんて、いない方が良いんだ……」
段々と悪い方向へと向かうシャルの心、それを止めようと、必死で声を掛け続けるイェーナ伍長。しかし、周りの声は、彼女には届かない。
シャルを止める手立てはない。
そう思った時、突然、彼女の頭に、男の手が、ポンッと、優しく置かれた。
すると、シャルの自責は止まり、彼女は手の主へと振り向ける。
「大隊長……?」
そこには、エルヴィンが優しい笑みをたたえ、シャルの頭を軽く撫でながら立っていた。
「シャル、そこまで……」
「でも、でも……!」
「大丈夫、君の所為じゃない。今回、ウルム准尉は運が悪かった。君への優しさが仇になってしまっただけだ。だから……君の所為じゃない、君は悪くないよ……」
父親の様に優しく諭すエルヴィンに、シャルは自分の中に溜まっていた全てを吐き出した。
シャルはエルヴィンの腹部に顔を埋め、彼の上着を掴んで、泣き、叫び、ウルム准尉を失った悲しみを、声に乗せ、ぶつけた。
自分を始めて慕ってくれた、優しく接してくれた、トマス・ウルムへの手向けを、遠い彼方へと届けたのだ。




